あんた、バカぁと、言われてみたい。: 序破急

庵野秀明や貞本義行の発言集、作品に関連する資料など

酔っているような書かれ方をしている庵野氏だが、実際はそんなに酔っていなかったそうだ。本人曰くあれはあとで足したんですよ。元のままだとつまらないから酔っ払ってるって。そこまでは飲んでません。「庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン」 より

あんた、バカぁと、言われてみたい。
月刊アニメージュ 1996年7月号 より

庵野秀明×宮村優子

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―エヴァンゲリオン最終回を見たときに僕らが感じた「えっ! そりゃないよ。これで終わっちゃうの?」という気分は、演じていた声優の方々にとっても、きっと同じこと。我らがミヤム~こと、宮村優子嬢が、そんな君達の気持ちを代表して、果敢に「エヴァ」の核心と、庵野監督の本音に迫る!

『エヴァ』はライブ感覚

AM

「何といっても今話題なのは、テレビシリーズの最終回なんですけど、アスカを演じてこられた宮村さんはどうお感じになりましたか。」

宮村

「う~ん、すごい置いてかれちゃったって感じで。アスカって、24話で、病院のベッドの上で目を開けて寝たまま、そこで最後なので、私の中のアスカっていうのはそこで止まっているので、これを早く何とかしてください、監督!。」

AM

「すごくほほがこけたような感じで、バターンと倒れたまんまですね。いつアスカは補完されるんでしょうかね。」

庵野

「されるんでしょうかねえ。」

宮村

「オイオイ、監督がそう言ってどうするんですか。」

AM

「25話、26話を合わせて、全部で26話(最終回)、1話分の話だったなと思います。」

庵野

「そう。それを引き延ばして、ネタをちょっと変えて……。あれでも足りなかったぐらいだから、引き延ばしたというのは違いね。全然足りなかった。何せシナリオは書き送りですから。」

AM

「「書き送り」というのは?」

庵野

「要するに、1話ができないと2話ができないし、2話ができないと3話ができないというようなやり方。1話から6話ぐらいまではぐちゃぐちゃにやってましたけどね。5話、6話やってから、3話に戻るとか、そんなんでしたからね。

あるシーンをつくりたくてやったのに、ハッと気がついたら、そのシーンごと要らなくなってる。一番やりたかったことが、なくていいものだったとか……。ライブ感覚。その時のその状況に合わせて全部つくっている。」

AM

「こちらから見てると、極めて緻密に……。つじつまもきちんと合っているだろうし、設定もとても深く考えられてて、スゴイなあと。」

庵野

「実際は、「補完計画」って全体の半分ぐらいの話数まで、人類を補完するって、何を補完するんだろうって、ハッキリとは決めずにやってましたからね。」

AM

「すると当然、声優の方にも、「人類補完計画とは何です」って説明もなく。」

宮村

「説明、何もなかったですよ~。」

庵野

「(とぼけて)あ、なかったねぇ。(メシも食わず、ひたすら飲んでる)」

宮村

「それで、「人類補完計画って何ですか」って質問しても、「いやあ、何だろうねえ」ってごまかされちゃうの。」

庵野

「ごまかしてるんじゃなくて、ホントに決めてなかった(笑)。」

AM

「すごいですねえ。それで24話までたどり着いたっていうのは……。」

庵野

「まあ、奇跡みたいなもんですよね(笑)。全部ライブでしたからね。弾いている最中に、演奏時間も演奏者も楽器もギャラも果ては譜面まで足りなくなったっていう感じですかね。」

AM

「庵野さんは、これまでのテレビシリーズも、そういうライブ感覚でおつくりになったんですか。」

庵野

「「ナディア」も半ばライブですけど、一からレールを敷いてやったのは今回が初めてです。ここまで来たから、次の週のレールを敷いてって。だから、どこに行くか、誰にもわからない。」

AM

「それは、演じている側も先行きが見えない、不透明感の中でやってたわけでしょう。」

宮村

「前半は、絵コンテとか先に見せていただいたりして、この後どうなるかっていうのは大体わかってたんです。でも、ある話数ぐらいから、ハッ? もう何もないっていう状態があったんですけど。」

庵野

「絵コンテも完成しなかった、最終回は。」

AM

「コンテよりも、もっと白いものがアフレコの画面だった?」

庵野

「白くなかったでしょう。しゃべる役の名前と台詞までが書いてある(笑)。25話は名前を書いただけの画面で、アフレコをやったんですけど、ハッと気がついて、名前と一緒に台詞を書けば、(台本をめくる)ペーパー・ノイズ(の音)もなくなるし、これはグーだと(笑)。」

AM

「しかし、演技する側としては、それはどうだったんですか。」

宮村

「え~と、26話ですからね。こうやって舞台上に立って、シンジが自分に向かってしゃべっているっていうようなシチュエーションのみなので、逆に、そうやってセリフが書かれているだけでも、(違和感が)なかったですね。」

AM

「あれはまさに演劇風の演出がなされてたと思うんです。」

宮村

「私が大学で舞台をやっているとき……今もやってるんですけど、あるシーンだけにあんな感じを取り入れたりとか、あと、大学のエチュード(練習)ではよくやりました。まわりに何もないほうが、自分で(演技して)考えていくものだから。
でも、パイプイスって、演劇的ですけど、それよりももっと、カウンセリング的なものを感じましたけど。」

庵野

「あ、そう?。」

宮村

「カウンセリングの方法で、例えば、すごい夫婦げんかをして、奥さんにめちゃめちゃ腹が立ってしようがない男の人がカウンセリングに行くと、最初、イスが二つ向かい合って置いてあって、その片方のイスに座らされるんです。それで、こんなことがあって、こんなことがむかついて、奥さんがどうのこうのって、言わせるだけ言わせておいて、「次、じゃ、こっちのイスに座ってください」って座っていた反対側のイスに座らせたときは、「今度は、奥さんの気持ちになってみて、今まであったことをしゃべってください」って言うの。こっちのイスに座ったときの自分と、こっちのイスに座ったときの自分と、切り口が違うから、冷静に自分を見つめられるっていう、そういう療法があるそうなんですね。それに似てるなあと思って。」

庵野

「知らんかったなぁ。何でそんな面白い話を前にしないの、作ってる最中に。」

宮村

「でき上がったものを見てから、あッ、監督って、きっとそういう意味でやってるんだと思ってたんですよ。」

庵野

「ホント知らなかった。へえ。無意識にやっているのかもしれない。」

AM

「言われてみれば、そういうことも言えなくはないと。」

庵野

「そうですよね。そういうふうに言われて、どんどん“こんにゃく問答”になっていくわけですね。」

宮村

「“こんにゃくモード”って何ですかあ?」

庵野

「“こんにゃくモード”じゃなくて、“こんにゃく問答”。」

宮村

「“こんにゃくモード”って何を切り換えるんだろうって思った。」

庵野

「チャウチャウ、“問答”!(笑)」

AM

「ちょっと変わっている人だなあとは思ってたんですけど……。
とにかく、ライブ感覚のアニメーションっていうのは、まさに最終回の2回を見たことは、僕にとってライブだなあと思いました。大半の今の映像っていうのは、好きなときに買えて、好きなときに見られる。でも、テレビシリーズのあのラストの2回は、リアルタイムで放送に付き合って、当時の様々な状況とともに味わえたところがライブでしたね。」

宮村

「どういうラストを期待してたんでしょうね、ファンの人たちは。」

AM

「みんなが期待しているようなラストをつくろうと思えばつくれるっていう自信はあったんじゃないですか。」

庵野

「わかんないですけど、喜びそうなラストはつくれましたよね。もう無理でしたけど。」

AM

「例えば、人類補完計画って何だったんだとか。最終的に碇ゲンドウが目指したものは何とか……。最後、それが全部わかって、ああ、すっきりっていう快感が欲しいじゃないですか。」

宮村

「それって、ビデオ版の新作部分で解消されるんですか。」

庵野

「どうなるのかまだわかんないっス。これから考えます。」

宮村

「日本じゅうのストレスを表すグラフがあって、「エヴァンゲリオン」の最終話を見た人の、ストレス・ゲージがビューンって上がってるの。」

AM

「宮村さん自身のストレス・ゲージはどうでしたか。」

宮村

「ストレスの持っていきようがなくて、5キロ太りました~。」

庵野

「過食症っていうやつだね。」

宮村

「過食症に走りました~。」

AM

「画面ではやせているのに(笑)。」

庵野

「24話をリテイクするときに、太らせておいたほうがいいかなあ(笑)。」

宮村

「ちょっと肉をつけておいてもらって。でも、役者として、関わり方が深かったので、心が揺らされたんですよね、「エヴァンゲリオン」っていう作品で。
それでだと思うんですよ、終わってから過食に走っちゃったのは。心がめっちゃめちゃ振られましたからねえ。どうしてくれるんですか、監督ゥ。」

庵野

「「ハート・オブ・ダークネス」みたいで、カッコいいな、それ。(すでに酒しか目がいってない)」

「あんた、バカぁ」はいいセリフ

AM

「初めのころのアスカは、スパーンと竹を割ったような性格で、爽快に登場! っていう感じでしたけど。で、ある一点から、どんどん内面にもぐり込んで。」

宮村

「そう、もぐり込んで。もろかった。」

庵野

「もろかったねぇ。何ででしょうね。アスカって、あそこまでやるつもりなかったんですよね、当初は。」

宮村

「そうなんですかあ。何でああなっちゃったんでしょう。」

庵野

「何でかな? 成り行きじゃないの?(笑)。」

AM

「前半の爽快な性格は、後半の落ち込んだときへの伏線だったのかと、思ったのですが。」

庵野

「いや全然。そのつもりもなかったです。あれは、6話まで辛気臭いのばっかりやってて、スタッフもそろそろ疲れてたから、そろそろ、明るいのやろうって考えたという動機が強かった。伏線までは考えてないですよ、もちろん。ここで、考えたようなことを言うとカッコいいんでしょうけど。まあ、いいや。もう、理論武装も飽きてきましたね(笑)。
でも正直、アスカというキャラクターは、はじめは全然わからなかったです。で、あの「あんた、バカぁ」というセリフを思いついたときに、キャラクターができた。「チャーンス」と「あんた、バカぁ」っていうのは、いいセリフだね。」

宮村

「いいセリフっす~。」

庵野

「女にスポイルされたがっている男は、まず間違いなく、このセリフを好みますね。絶対、気持ちイイはずですよ。「あんた、バカぁ~」とかやさしく言われたら、それだけでメロメロってきますよね。」

AM

「それは、庵野監督がそうなんじゃないですか。」

庵野

「僕は間違いなくそうですね。」

AM

「この感じ、宮村さんは、わかります?」

宮村

「私は女の立場なんで、わかんないっすねえ。私は、アスカちゃんよりは、レイちゃんみたいな、無機質な女の子を押し倒して~みたいなほうが好きだな。」

AM

「なすがまま?」

宮村

「なすがまま。終わってからも何も言わなそうじゃないですか。」

AM

「終わってからって?(笑)。」

宮村

「アスカってうるさそうなんだもん、押し倒すと。」

庵野

「いろいろ注文つけそうだよね。」

宮村

「ねえ。「やめてよ~」とか、「痛いのよ」とか。」

庵野

「ラストに「ヘタクソ」とか(笑)。」

宮村

「「あたしがぁ?」(笑)。」

AM

「(ややボウゼンと)宮村優子って、男なのかな。」

宮村

「もし男だったら……という話なんですよ。」

庵野

「レイのほうが、めんどくさくなさそうですね。」

AM

「人気も一番なんだよね、レイが。」

宮村

「みんなそういう願望があるのかなあ。」

庵野

「あるんじゃないスか。S(サディスト)の人は、間違いなくレイにいきますよね、S願望で。M(マゾヒスト)の人はアスカにいくと思うんですけどね。で、同世代の年代の女の人と、精神的に子どもの人はミサトにいく傾向がある。」

宮村

「でも、人間って両方あるんじゃないんですかあ。」

庵野

「そう、両方あるよ。基本的にはみんなある。どっちが大きいかっていう違いがあるだけ。
最終回にしても、「あれで良かった。」っていう人もいるし、「アレじゃヤダ。」っていう人もいる。要するに、人間って欲深いから、暑いのも好きだし、寒いのも好きなんですよ。ただ、暑いときに寒いほうがいいなと思うのは、暑いと願う願望が充足されているから、そのときは寒さを望むんですよね。逆も、またしかりなんですよ。だから、どんなラストを作ったところで、文句はくる。ただ、大多数が“望むもの”じゃなくて、その極少数の人に「ボクらに“必要”なのはコレだよ」と言って見せたのが、あのラストですからね。必要最低限のものだけ、提示したんですよ。」

AM

「“ボクらに必要なもの”というのは、「エヴァンゲリオン」を見ている人たち全部に対して?」

庵野

「アニメファンですね。小さな子どもは、ちょっとはずれるかもしれないですけど。」

AM

「ただ、「エヴァンゲリオン」は、放映していく過程で、普通の人をかなり巻き込んでいったような気もするんですけど。結局、アニメファンが大多数になった印象はありましたが。」

庵野

「普通の人がアニメファンに戻ったというだけだと思います。」

AM

「そうかもしれない。」

庵野

「アニメファンをやめてたんだけど、ちょっと戻りましたっていう人がいた。そういう人は、まだいいんです。とにかく、途中でアニメファンを嫌いになりました。そこにしがみついてる連中が大嫌い。テレビって、とにかく一番ラクチンな娯楽じゃないですか。自分の家にいて、自分の部屋にいながら、テレビにスイッチを入れるというだけで、やってくる娯楽でしょう。自分は何もすることもなく……。映画って、まだお金を払わなければいけないし、おまけに、そこまで行かなければいけないじゃないですか。そういう最低限の努力をしないで、自分の部屋で見れる娯楽でしょう。その場に拒否権もある。それでいながら、何の血も流さずに、のうのうとウチの番組を見てるだけで、過剰に盛りあがる。
僕から見れば、エセなんですけど、ニセモノの幸せに、どっぷりしがみついている、それにすがりついている。その幸せをよしとして、余計、それを過剰に求めるわけじゃないですか、どんどん。人から与えられた幸せですよ。それが、いきなり最後には自分の望んだラストではないという、ただこの一点においてのみ、怒ったり、憎んだりする。そういうのはどうなんだろう。……それを(予測して)望んでやったんですけどね。」

AM

「でも、庵野監督自身もアニメファンのわけでしょう。」

庵野

「ですから、半分、自分でも水かぶってますよ。これをビデオの新作を売るための“商業主義”と言う人もいますけど。それは勘違いしかないんですが。でも、これで(このラストを選んだことで)僕がイヤな思いをするのは間違いないです。現に、イヤな思い、いっぱい今してますからね。辟易するような。朝教室に入ると黒板いっぱいにキツイ文句が書かれてあるような気分ですね。おまけに自分の机の上や机の中にまで入っている感じの日々ですね。まぁそれもある程度覚悟の上で、半分、自分に水かけて、半分、観客に、テレビ見ている人に水をかけたようなもんです、バケツの水を。」

AM

「それほどアニメファンに水をかけたくなった理由っていうのは、よくわからないところなんですけど……。」

庵野

「依存心が強すぎてイヤだった。」

宮村

「でもねえ、監督の気持ちもわかるんですけど、でも、監督だから、「水かけてやったんだ、アッハハハ」って言えますけど、しちゃいけないっすよ、それ(笑)。」

庵野

「今まで、みんな(作り手は)、やりたくてもやれなかったんですね。」

宮村

「だって、ものをつくって、みんなに受け取ってもらうってことは……。だから、たとえそれがまやかしの幸せでも、幸せを与えているって(いう行為だと)思うんっすよ。それは! だから監督、ビデオでちゃんとしてくださいね!」

庵野

「イヤ(笑)。」

宮村

「だって、何か表現したりとか、舞台をつくったり、映画つくったり、詩を書いたり、何でもいいですけど、それは、なにかを伝えたいと思ってやってることでしょう。幸せをみんなと一緒に感じたいと思ったりすることって、それもつくられた幸せだけど、自分がそう思ってつくっていることだから。だから、途中で、与えられた幸せに踊らされやがって、と思うのは、……よくない。」

庵野

「そうかなあ。僕から見れば、そのほうが当人たちにとっていいんじゃないかと思ってやってたんだけどね。」

宮村

「それは、きっと(与えられた幸せの、まやかしに)気づくときが来る人は来る。来ない人は来ない。それでいいじゃないですか。」

庵野

「そのチャンスを、とりあえず1回だけ(投げてみた)。多分、最初にして最後でしょうね、こういうことができるのは。“今この時”だから、できた。」

現実に帰れ

庵野

「自分の今の気持ちを裏切らずにライブ感覚でやるっていうのが、「エヴァンゲリオン」の根本だったと思います。僕の気持ちがそうなった以上は、それを裏切らない。最低限、自分ひとりを裏切らなければいい。でも、これで続きをつくらなかったら、(これまで共に作品を作ってきた)スタッフを裏切ることになる。スタッフには、もう1回リメイク版をビデオでやるから、(これを許してくれという気持ちで)テレビのラストをつくってもらった。」

AM

「“この時”というのは、逆に言えば、状況が帰潤沢な資金があり、特番入れて3週ぐらい延い延A逆bホして時間稼ぎもできて、終わりを迎えるような形だったら、違うものになったんですか。」

庵野

「方法論が違うだけで、言っていることは同じだったでしょうね。テーマ的には同じなんですよ。“現実に帰れ”ということだったと思います。

アニメーションっていうものが、少なくとも僕がやってきた「エヴァンゲリオン」っていうのが、ただの“避難所”になるのが、すっごいヤだったんですよ。現実逃避の場所でしかなくて、そこにどっぷりつかることによって、現実のつらさから逃げてるだけで、そこから現実に帰るものが、あまりなかったんです。そこまで行き着かなかった感じがするんです。どんどんどんどんそこに逃げ込む人がふえてきて、このままだと極論してしまえば、宗教になる。オウム信者と麻原彰晃と同じになる。ここでうまいことやれば、僕は多分、新興宗教の教祖になれる素質があったと思うんですけど、それがヤだったんですね。クモの糸にすがるのは、おれひとりで十分だと。」

宮村

「「おまえら来るな」っていうやつですね。」

AM

「そういう気持ちはわかりますか?」

宮村

「わかります。だって、アニメファンということに限らず、信じられないぐらい人に依存する人って、確かにいて、信じられないときがあります。

例えば、ファンレターの中に悩みを書いてくる人。もちろん、ファンレターに悩みを書いてきて、それでスッキリすればそれでいいですけど、それなら全然OKなんですけど、そうじゃない場合。「こんなに悩み書いてるのに、何で返事くれないんだ」っていうと、ちょっと求めているところが違うじゃないですか。それの間違いに気づかない。それは、やっぱり視野が狭くなっちゃってるからだと思うんです。それを取り払うことって、自分からの力じゃないとできないんだよね。だから、監督が言った“水かけて”っていうのは、非常にわかるんですけどね。でも、他の方法ももちろんあると思うんですよ。

私は自分が表現者になって思うのは、ポジティブなもの(表現や作品)って、受けとめる人を巻き込んでポジティブにしていくっていうのが、絶対できると思うんですよね。だから、そういうのが1回でも実感できれば、(受け手にも)その視野が絶対取れると信じているんですが。」

庵野

「あまりにもストレートだったかな。やったこと自体には、間違いはないです。方法論に関しては、もうちょっとでも余裕があれば、別のこともできたかなとは思います。一種の、(作られた)快楽にそうそう続くものがないという現実を教えるだけでもよかったんですよね。世の中、裏切られるものですよ。」

AM

「ただ、当の庵野さんは、それこそアニメファンに見えるんですが。」

庵野

「もちろんそれは、僕は自分が好きじゃないから。あれ(アニメファンが嫌いということ)は自分にも言っていることなんですよね。痛みの部分は同じだと思ってます。」

宮村

「自分が嫌いな人間は、他人を傷つけるんですってね(笑)。」

庵野

「ボクもそう思うよ。結構、(他人を)傷つけてるもの。」

宮村

「私もそう思う。私も自分が嫌いだから、アハハハ。」

AM

「「自分が嫌いな人間は、他人を傷つける」どこかで入ってたセリフだね。」

庵野

「傷つける度合いをギリギリ知ってるから、間合いがわかる。それぐらいかな。あッ、傷つけてるなって自覚できる。無自覚にやるよりは、はるかにいいと思うんですけど。無自覚が一番怖いですね。ああ、傷つけてる。けど、これはもうしようがないやと思うぐらいのものです。

だから、25話、26話、見た人を相当傷つけるだろうなと思いましたけど、それもいいです。むしろ、傷つけ! っていうこと。傷もつかずに、このまま順調に終わっても、賛美しか来ないと思うんです。「感動しました」とか一遍倒のやつしか反応が来なくて、それはそれで、多分、そう言われているときは気持ちいいと思うんですけど、予定調和的なラストがものすごくイヤになった気分もありましたね。あと話題にもなるかと(笑)。

もっと商売的にうまくしようと思えば、実際ギリギリだったしもう落としてしまって、ビデオの総集編で放送時間埋めて、「ごめんなさい」とあやまる道もあった。

そうすれば多分、怒る人たちも小さく、同情票が集まって、「時間がなくて残念でした。続きは必ずビデオでも何でもいいから見せて下さい」っていうような手紙が来ると思います。商業的に考えれば、そっちのほうがはるかにいいんですよね。客の同情を買いつつ、続きは必ずみんな買ってくれる。

でもそこで、商売っけも全部捨ててしまって、自分の正直な気持ちをフィルムにやっておきたかったっていうのが、25、26話だった。ギリギリの選択でしたけど。」

AM

「でも、そうやって作られた25、26話はそれはそれで、どうだったんですか。傷つけ! っていうだけではなかったでしょう?」

宮村

「そう思いますよ。だって、監督の言いたいことが、25・26話、いっぱい入ってたでしょう。」

庵野

「何かあったっけ?(笑・すでに酔ってる)」

宮村

「……と思いますけどねえ。25話なんて、私は、全部監督の言いたかったことで、言いたかったことをあの状況でアニメにしたら、ああなったって思ってますけど…。監督の言いたいことじゃなかったんですかあ?」

庵野

「言いたいことだと思うけど、何言ったっけ?(笑)。言ったこと、もう忘れている。ただ、25話は、知り合いの女性が、もう30過ぎなんですけど、その人が見て、泣いたって言うんで、私はOKなんです。身に覚えがあると。あれで、私はOK。」

AM

「ミサトの件のところですね。」

庵野

「ミサトの件のところで、身に覚えがあるんだなと。あれは、ある種の女性が見ると、すっごくイヤな気分になるはずなんですけどね。そこの気分がその人に感じられただけでも、OKかなと。少なくとも、知る限り、2人いるんです。2人もいれば十分です。もっといるとは思いますけど。」

AM

「泣けるっていうのは、どういうことなのかな。ある種の解放?」

庵野

「いやあ、イヤな気分になりますよ。」

AM

「そういう意味での泣きですよね。」

庵野

「25話って、見てる人間を、ホントはゲロ吐くぐらいイヤな気分にさせるのが目的だったのに、自分の力不足でした。現実のコピーではなく置換がうまくできなかったんですね。」

失敗作だった第壱話

AM

「OKなファンとOKでないファンって、何が違うんですか。」

庵野

「しがみつきぐあいですね。」

AM

「すがって生きるのは、いけない?」

庵野

「死ぬよりはいいと思います。」

AM

「ただ、それがテレビで流されているただのアニメであるっていうところに、情けなさがあると。」

庵野

「避難所にされてるっていうところが、情けない。逃げ込む先でしかなくて、ネガティブじゃないですか、逃げ込む先っていうのは。それをポジティブなものに変えたかったっていう願望があるんでしょうね。方法は間違ったかもしれないけど、この気持ちにウソはない。」

AM

「それは、例えば第1話で一番印象的だったセリフの「逃げちゃだめだ」ですよね。あの気分が1話を支配してきたし、「エヴァンゲリオン」というものの印象を支配したと思うんだ、僕は。」

庵野

「強迫観念そのものですよ。強迫観念でしたつくってないから、焦りとかそういうのが出てくるんです。1話は特にそうですね。1話は失敗でした。」

AM

「その強迫観念が出すぎたから?」

庵野

「それもありますけど、詰め込みすぎて、1話はカッティングのときに、3分オーバーだったかな。とにかくアフレコのときに、完璧に思い知った。大失敗。あとは、焦る一方です。オールラッシュを見たときには死にたくなりましたから。」

AM

「僕は1話を見たときに、一つ一つの言葉の選ばれ方、選びようが紙一重で、ここで冗長なセリフが来れば、一気に世界が崩れるというシーンがいくつもあった。ゲンドウには絶対あれ以上しゃべらせないとか。いやあ、よく選んだなあと思いました。」

庵野

「ダメですよ。あとは、圧倒的に、僕の中で「ガンダム」(ファースト)に勝てなかった。「ガンダム」の1話には残念ながら勝てなかった。」

AM

「慎重に、非常に細心に一生懸命やってると感じましたけど。」

庵野

「逆に言うと、時間をかけてこの程度かって。とにかく自分の部分でだめだった。絵や、その他はもう問題ないんですよ。僕の部分で、脚本構成その他の部分で大失敗。申しわけなくて申しわけなくて、しようがなかったんだけど。二度とこんな思いをスタッフにさせてはいかんと。それだけです。」

AM

「その瞬間から「エヴァ」はライブになった。」

庵野

「最初からライブ感覚で行こうと思ってたんですけど、それまでは、もっと気楽にやろうと思ってたんです、テレビですから。そこで、もう気楽にできなくなった。こんな思いは二度とさせるわけにはいかんと。2話は、途中で完全に作りなおした。(宮村嬢の方をむいて)バラバラだったでしょう。やたらとカットはふえているわ、セリフは差し替えるわ、えらい騒ぎだったでしょう。AR台本が上がってから、セリフから何から山のように変えた。構成はそのままですけど、ディテールの部分とか、セリフの部分とか、カットもふやして。それでもダメだ、これじゃ、面白いものにならんと。最初のラッシュを見るまでは、わかんないですね、自分で何をつくりたかったのか。脚本が甘いと思ったけど、何とかなるかという甘い気持ちのままやったら、やっぱり何ともなりませんでしたね、1話は。大失敗でした。」

AM

「それを、2話で挽回しようとした。何とか軌道に乗ったと思われたのはどのへんから?」

庵野

「いや、2話ができたとき、アフレコのときに、もうOKだった。ダビングも、ほぼ完璧でしたね。」

AM

「2話は、あるtィードバックするシーンが多いじゃないないないですか。」

庵野

「1、2話で1個の話です。きつかったですね。他話数も全部きついんですけど、1、2話が一番きつかった。」

アスカのドイツ語

AM

「アスカ役ではドイツ語でしゃべるっていうのがあったでしょう。」

宮村

「はい。アスカ役に決まったときに、まだそのころは顔も知らない庵野監督という方から、「ドイツ語をしゃべるシーンがあるから、練習しておいてねって言われてるよ」って事務所の人に言われて、ええッ、そうなんだあ。そうか。じゃ、駅前留学すっかあと思って、駅前留学でドイツ語を習ったんです。で、日常会話的にドイツ語が出てくると思ったら、8話で出てきたドイツ語がなんと、軍事用語。そんなの、ネイティブの先生に聞いてもわかんないよ~って(笑)。」

庵野

「それで、宮村に申しわけないなと思って、ドイツ語の台詞を足したんです、後半の話で。」

宮村

「それで、アドリブでよろしくって言われたんですよ(笑)。」

庵野

「最後のあいさつと最初のお母さんの台詞だけ決まっていて、あとは、以下アドリブ、埋めておいてねって。」

宮村

「で、私がすごい悩んでるから、監督が「ドイツ語を知っている人にたのんでやってもらおうか」って言うのに、「せっかく練習したんだから、やっぱりいいです」って、でも自分で、一生懸命考えて。セリフの尺も聞いて。それで、自分で計って、これでOKと思ってやったんですけど、でも、あまりにも詰め込みすぎて、電話の会話に聞こえなくて、ずいぶんカットしたんですよね(笑)。」

庵野

「だからその後台詞が入るようにそこの尺を足したんだけどね。いや、大したもんですよね。さすがは宮村。えらいなぁ。」

宮村

「ヤッタ~。ここちゃんと書いてください……だって(笑)。」

庵野

「アスカはいいキャラです。あんなに思い入れるつもりもなかったから。(キャラクター作りでは)役者のフィードバックはかなり大きいですから、アスカがああなったのも、宮村のせいかも知れないね。」

AM

「拒食症のようにやせて、げっそりして。」

庵野

「実際には太ったっていうのを、聞いたから、やっぱりこれはやり直して……。ビデオ版は、プクプク太らせなければいかんなあ。」

宮村

「泥水の中に入ってるんじゃなくて、コンビニで買いあさっている(笑)。」

庵野

「うん、(宮村嬢のお腹をしげしげとみて)まさかこんなにプックラと太るとはなぁ…僕の観察が足りなかった。反省してます。」

宮村

「そこまで言われてる~。」

アニメはセルだけではない

庵野

「最終回をああいうふうにしたのは、もう一つ、セルアニメからの解放を目指したということもあるんですよ。頭のカタいアニメファンが、セルじゃなきゃアニメじゃないと、思い込んでいるのもイヤだなって。」

AM

「庵野さん自身、自主制作や特撮やアニメ畑で磨いてこられたから。フィルムに直接描くシネカリグラフィーとか、紙アニメとかの経験がありましたよね。」

庵野

「シネカリは26話に入れたかったんですけど、余裕がなかった。」

AM

「16話の、いわゆる業界用語で言うところの線どり風の表現にしてもそうですね。」

庵野

「あれは言葉という記号を最低限の映像にすると何だろうっていうのからスタートしたんです。あれは、僕の中のプリミティブな、言葉というものの表現なんですけどね。アニメで食っている僕にとっての言葉の純粋なイメージの表現だと。自分のドキュメンタリーをやるときには、やっぱこれしかないなと。アレを見て手抜きだと思う人は、もうそれまでだと思うんですよ、商業セルアニメーションに毒されている。」

AM

「たとえ、あれが線どりの手法だなと思ったとしても、じゃ、なぜそれをそうしたのかっていうことは容易にわかるはずなんだな、普通の感覚で見ていれば。」

庵野

「普通の人は「シュールは表現」って言ってました。知ったかぶった人が、「いや、あれはアニメの線どりで、ただの手抜きなんだ」とつまらないことを言ってしまう。「絵が間に合わなかったんだ」とか。」

AM

「きっと、そのほうが話はラクなんだよね。何か作品を見て、それから思ったことを表現しようとか、その中から自分で何かを読み取ろうとかっていう作業は、案外にしんどいことだと思いませんか? つまり、「ああ、面白かった」とか「今日は絵がひどかったなあ」で終わっちゃったらラクじゃないですか。ラクで何が悪いっていう見方もあると思うんです、娯楽だから。でも本当は、きっとちゃんと見れば、その時点でわかるはずなんですよ、そこに何があったかが。でも、そこにいかずに、即、逃げちゃうんだなあっていう気がするんですけど。」

宮村

「見ている人が?」

AM

「うん。きっとそういう人が最終回を見たら、それはショックなんだろうなと思うけど。多分、最終回に至るキーワードは、いろんなところにあったと思うんだな。大体、何で16話が「死に至る病」なのか。16話って、わかります? 黒い球の中に取り込まれちゃう話。あれが、なぜ「死に至る病」なのかっていうのはよくわからないでしょう。なぜ死に至るんですか、再生して生きてるのに。で、自分の過去を見ているだけなのに。」

宮村

「死にたくなるからじゃないですか、自分が。」

庵野

「ペダンティック(学識のあることをひけらかすような言動のこと)なだけですよ。」

AM

「わかりやすく言うと?」

庵野

「衒学的。」

宮村

「北京ダックと似てますね(笑)。」

庵野

「いやあ~、今のボケはなかなか……。まるでつまんないね(笑)。」

AM

「ガクッと来た。」

庵野

「ロボコン0点!(パーペキに酔ってる)」

AM

「衒学になってきた(笑)。宮村さんは「エヴァンゲリオン」をやって、よかったと思いますか。」

宮村

「思いま~す。」

AM

「何か自分の中たような気もしますか。」

宮村

「しま~す。」

庵野

「僕も、何か変わったような気がします。」

AM

「何が変わったのか、それは……。」

宮村

「それは、神のみぞ知る、ですね。」

AM

「なるほど。」

庵野

「どう変わったか、まだわかんないから。」

宮村

「いいかどうかはわかんない。」

庵野

「それによって、ポジティブになったかネガティブになったかわかんないですから、いいことか悪いことか、僕にはわかんないです。でも結果として誹謗、中傷が山のようですからね。やっぱりいい気持ちはしませんね。自分の悪口っていうのは。」

AM

「それを気持ちがいいと感じられちゃったら、それこそ、おかしいですよ。」

庵野

「でも、自分が気持ちいい思いをするために始めたものなのに、結果として、それを拒んだっていうのはどういうことなのかなあと、命題としてはありますけど。どんなものをつくっても、作品にしようと思ったときには、それは監督のマスターベーションでしかあり得ないですから。自分を痛めつけることによって気持ちよくなる人はそういうものをつくるわけだし。それを、商業作品で、どこまで人目に隠れてやれるか。ハッと気がついたら、スタッフがみんな僕のマスターベーションの手伝いをしていたという、そういう構図しかあり得ないんですよ。コッポラのあれですよね。民主主義の時代に残された、最後の独裁者ですから、監督は。オーソン・ウェルズも言ってるしね。そうやって始めたはずなのに、最後に痛み分けを取ったのは、何だろうって思いますね。まだ、なぜやったかっていうのは、はっきりした答えは出てこない。理由らしきものは出てくるんだけど、どれも違います。まだはっきりとはしてない。

……依存心が強いから、自分が嫌いなんでしょうね。こんなに依存心が強い男とは思わなかったですね。」

AM

「……。」

庵野

「自分がないんですよ。空っぽです。自分たちの世代に特に共通するんですけど、自分がないですよね。共通体験はテレビだけですから。」

AM

「これで完成しちゃったら、それが証明されてしまうかもしれないって。」

庵野

「いや、そういうものだけでもないと思うし。もっとカオス的な思いですね。あとは、破滅願望っていうのはありますね、僕は。きれいに終わらせるのがつまらない。」

宮村

「ものを壊したいんだあ。」

庵野

「昔からそうなんですよ。粘土とか、おもちゃとか、プラモデルとか、とにかく、リアルにつくって、完成させて、その後、必ず火をつけて燃やすんです。」

宮村

「そういう刹那的なのは、いけないんですよ。でも、私もそうなんですけどね(笑)。」

庵野

「中学の時に1ヶ月ぐらいかかってつくった飛行機のモックアップモデル、実際に空を飛ぶやつなんですけど、それに火をつけて飛んでいくさまは、すごく美しかったですね。それが人様の家のほうにいって、火事になってしまいそうになったときは、さすがにあわてましたけど(笑)。」

AM

「火事になっちゃったんじゃないですか、今度のやつは。」

庵野

「まあ、そうですかね。人の家に行って、火事になっただけかなぁ。

キレイに完成したものっていうのは嫌いなんです。必ずどっか壊れてないと。子供の頃、落書きをよく描いていたんですよ、ノートとかに必ず。「ゲッターロボ」とか書いてたんですけど、キレイに書いた後、必ず消しゴムをかけて、手足をもいだりして中からパイプ等がドバーッと出た絵にしていたんです。それでいて、子供の頃みんながやっていた、カエルの足をもぐとか、爆竹をくわえさせてパン! とするとかっていうのは、僕はやらなかったんです。友だちがやるのを否定はしなかった。それは見てましたけど、自分からそういうことは絶対しなかった。そのかわり、無機質なものを必ず壊した。だから、僕にとって、アニメーションは無機質だ。だから、壊したんだと思います。

そうか、破壊衝動はあるな。きれいに終わるのがいやだったんだな。」

AM

「でも、アニメーションを無機質と言いますが、宮村さんをはじめ、そこに関わってきた人もいるし、見ていた人もいるし。それをチョキンと……。」

庵野

「宮村、24話でチョキンだ。」

宮村

「ああッ、切られて、そのままあ。」

AM

「宮村さんは特にひどいですよね。いよいよアスカはどうなる。救われるのか、何か新しいアスカが生まれるの? と思ったら、寝たまんまだったっていう。」

宮村

「寝たままだった。チョキン! そうなんですよ~。」

庵野

「愛情、足りなかったかな(笑)。」

宮村

「でも、ビデオで……(笑)。」

庵野

「宮村嬢がそこまでおっしゃるんでしたら……。女に弱いですね。僕は女にスポイルされるタイプですね。」

AM

「弱いから。」

庵野

「自分が何にもない。全然弱いです。今回、はっきりわかりました。こうも何もないとは。」

AM

「自分の中に。」

庵野

「自分の中に。アニメへの依存心が強すぎます。26話の言葉は、全部、自分に返る言葉ですから。」

AM

「「エヴァンゲリオン」を始める前に、“オタクを一人でも増やすしかない”っていう気持ちでつくるみたいなことをおっしゃっていたじゃないですか、庵野さんが。」

宮村

「そんなことおっしゃってたんですかあ。」

庵野

「オタク産業って、これからどんどんダメになると思います。閉塞されるだけだから。いまやオタクのテレビアニメはなくなって、みんなヨリシロにしているのはビデオじゃないですか。ビデオっていうのは、ある程度お金を出して見るものだから、不特定多数っていうのは絶対出てこない。それを見たい人しか買わなくなるから。そのときに、「声に宮村優子が出てる、買おう」っていう以外に、もう買う理由がなくなってくる。中身はみんな同じものをつくっているから。

そうなったときに、要するに、宮村優子ファン以外のヤツは、もうアニメをなる。そうなったら何千人っていう人間だけだけヤツを相手にやっていく商売になるから、それはそれで成り立つんスよ、その日暮らしには。でもそれ以上のことは絶対ないし、それ以下のものにはならない。ただ、その世界っていうのは閉塞されている。」

宮村

「ほっほう。アニメつくるのもアニメファン、声優になるのもアニメファン、アニメファンのアニメファン。」

庵野

「アニメファンが、アニメファンのために、アニメファン用のものをつくるしかなくなってくるのね。その中でどんどん小さくなっていく。そうなっていく中でやっていく方法論としては、買っていく人を、不特定多数のところから、一人でも多くふやすしかない。一般人だと思っている人でも、オタクの要素は必ずあるわけだから、そこを指摘して、一人でもふやす。」

宮村

「それは成功していたじゃないですか。」

庵野

「そう、成功してたんだよ。でも、それ以上にイヤになってきたっていうことじゃない? 自分がイヤだったからね。」

AM

「1億総オタク化じゃないけど、オタクをふやしてやるというモクロミは、「エヴァンゲリオン」は、少なくとも24話までは成功していると思うよ。」

庵野

「25、26話はわかんないですか。」

AM

「そこの心境の変化みたいなものが一番聞きたいなあと。」

庵野

「何なんでしょう。まったく余裕なかったし、疲れてましたからね。」

宮村

「疲れてたんですか。」

AM

「オタクをつくって、おまえら、密室に閉じ込めてやるぜっていうふうにやるわけじゃないですか、最初の頃は。それが許せなくなるときって、一体どういうときなのかなあと。」

庵野

「オタクが嫌いになったんじゃないですか。そんな、自分も嫌いだっていうのがあったわけですね。」

AM

「自分が嫌いだっていうことは、自分に依存できない。“しない”じゃなくて“できない”。」

庵野

「アニメーションに依存してますから、僕自身。自分の考えはまだハッキリとは出てませんね。」

AM

「アニメーションへの依存心の裏返しですか。」

庵野

「でも、別にそれもいいかなとも思いますからね。ビデオの最終回とかテレビの最終回は全然違うかもしれないし、劇場の最終回も違うかもしれない。劇場は、依存心も、まあOKっていう話になるような気がします。どうかなあ、わかんないね。」

宮村

「依存心ですかあ。」

庵野

「しようがないよな、でもね。」

宮村

「認めちゃうのも……。」

庵野

「自分にあるものは素直に認めちゃうしかない。しようがないものはしようがないよ。」

AM

「今回の座談会、あまり予定調和のまとめ方にしようとは思ってないですよ。まだ「エヴァンゲリオン」は終わってないし、ビデオもあるし、これから頑張ってもらわなければいけない。ここで「エヴァンゲリオン」の結論は出ないです。

宮村さんは言い残したことはありましたか。監督に、「ほうっておかれているアスカを何とかしてちょうだい!」っていうのは確かですね。」

宮村

「きっと、ビデオで何とかしてくれることでしょう!」

庵野

「あまり期待しないで(笑)。」

AM

「ありがとうございました。」

  • 投稿者: Haimu
  • 2007年07月27日 16:25

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