国家の風景と現在: 序破急

庵野秀明、貞本義行、山賀博之の発言集、作品に関する資料などを掲載

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ユリイカ 2000年1月号

大島渚×庵野秀明

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ユリイカの「大島渚 2000」という特集に掲載された対談。後の『式日』の構想が少し出てくる。

『ご法度』をめぐって

庵野

『ご法度』、早速拝見しました。

大島

ありがとうございます。

庵野

見たのがイマジカだったのもありますが、音も画もすごく良かったですね。美術もモノトーンで統一されてて。「やられたーっ」という感じでした。

大島

そんなことないですよ(笑)。

庵野

うちの親父と大島さん、あんまり歳が変わらないんですよ。どちらも昭和ヒトけたで、だから「親父に負けた」っていう感じがして、悔しかったです。

大島

いやいや、そんなことありません、ほんとに。僕は庵野さんみたいな新しい仕事をしてらっしゃる方にそういわれるのは、恐縮というか……。

庵野

いや、いいものはいいと思うんですよ、駄目なものは駄目というしかないんで。衣装なんかも良かったですね。黒をベースにした、ナチスっぽいの。新選組というと、どうしてもあのダンダラと誠の一文字になっちゃうんですけど……。

大島

いやでしょう。僕はあれはいやだというところから始まったんです。

庵野

あれがない新撰組というのがすごく良かったです。で、雪の白とお寺の瓦の黒と、ほとんど白と黒で構成されてて。あと殺陣、音も良かったですね。

大島

音は良かったですね。あれは三種類くらいの音を混ぜてるんです。よくやってくれました。

庵野

鍔のカキーンっていう音、あれが妙にリアルで。実際にはこんな音はしないんだろうなと思いながら、ビクッとする音がありましたね。木刀のぶつかる音とかも良かったですね。あそこの木刀で稽古しているシーンは、コマ落としてるんですか。二十四であれだったら凄い、二十二くらいかと思ったんですけど、コマを落とさずあのスピード感だったら凄いなと思いました。けっこう危なげでよかったですね(笑)。あのスピードでぶつかったらあれは本当に痛いだろうなとか(笑)。

大島

よくあいつら平気でやってるなと思いましたよ(笑)。

庵野

浅野さんとかけっこう本気でやってたでしょう。あのリアリティは最近殺陣になくなっちゃってて、緊張感があって良かったですね。

大島

ひとり初めての龍平という奴が入ったからね。わりあいそういうことを平気でやるんだね。

庵野

あとビートたけしさんも良かったですね。

大島

やっぱりいっぺん死にかけてるからね。

庵野

僕、死にかけた後のたけしさんて好きなんですよ。『キッズ・リターン』も良かったし。憑き物が落ちてるかんじがして、全然焦りがなくて。あの芝居もよかった。

 僕、新撰組好きなんですよ。『燃えよ剣』のファンなんです。本物がどういう人だったかは知らないんですけど、司馬遼太郎が作った『燃えよ剣』の土方が好きで。そのイメージとすごく重なってて良かったです。キャスティングは本当に良かったですね。

大島

これはまあみんな褒めてくれるんだけど……他の人が褒めても絶対に嬉しくないけど、あなたに褒めてもらうと嬉しいね(笑)。

庵野

邦画のいい悪いというのは、キャスティングでほとんど決まると思います。役者七割。それを活かすのも殺すのも、あとはスタッフと監督なんだと思います。キャスティングでだいたい日本映画は決まっちゃうと思うんですが、『御法度』のキャスティングはベストだと思います、ベターではなく。松田くんも良かったですよ、メイクもいいんですけど、最初出てきたとき、女だと思いました。

大島

ロケを見に来た連中もね、半分以上の人が「女に見える」っていいましたね。

庵野

ファースト・カットで女に見えて、その瞬間、「やられた!」と思いました。

大島

途中で一回、あの役には女を使おうかなと思ったことがあるんですよ。結果的にはそうしなくて良かったんだけれど。

庵野

ええ、女だったら、また別のものになっちゃったと思います。あの最終シーンのセットはどこなんですか。

大島

京都の松竹です。小さいところでね、同じところをあっち向いたりこっち向いたりして使い回してるんです(笑)。

庵野

それは何となくわかりましたが(笑)、でも雰囲気がうまく出てましたね。ずーっとモノトーンでやってたのが、あそこでブルーになる。幻想的な雰囲気が出てて良かったですね。それまでロケでリアルなかんじがしてたんですけど、ラストシーンだけポンとセットに飛んで、照明も人工的で、作り物っぽくなるのが良かったですね。

大島

他のところは脱色してるんだけど、あのシーンだけそのままなんです。

庵野

キャメラも良かったですね。あれほとんどステディなんですか、道場のところなんかは。

大島

いや、ステディカムはほとんど使っていませんね。

庵野

僕なんかは飽きっぽいので、すぐカット切っちゃうんですよ。あと、役者の芝居にそんなに期待していない部分もあったりして、素人に近い女の子を使って、長回しを止めてパッパと切っちゃおうとしちゃうんですけど、最近じっくりじわーっと見せるというのが羨ましいですね。

大島

いや、つまりね、役者は下手でも我慢して長回ししなきゃ駄目なの(笑)。

庵野

どうもそこをつい切っちゃうんですよね(笑)。

大島

僕なんかそれ切れないから、雰囲気が出てきちゃうんだよね。

庵野

そこで辛抱しなきゃ(笑)、と。辛抱して、押さえも撮らずにこれだけに賭けようという勢いがまだないんですね。まだアニメの方が長いんで、なかなかそこまで踏み込めないんです。次やるときはそれをやろうと思います。

モチヴェーションは何処に?

庵野

自分の話で恐縮なんですけど、最近ちょっとモチヴェーションがなくなってきちゃったんです、映画を作るということに。作りたいという意志はあるんですけど、何を作ったら良いかというのがわからなくなってるんです。

 僕は昭和三十五年の生まれなんですけど、それから後の世代に共通する問題だと思うんで、あえて「僕ら」といいますけど、僕らにはロクな共通体験というのがないんです。基盤となる世間というのがなくて、あるとしたらテレビなんですね。テレビと漫画と雑誌くらいしかなかったんです。今の八〇年代以降の人は、それにプラス、ゲームですね。「ドラゴンクエスト」をやったかやらないかというのが共通体験になる。僕らの場合は、ドリフを見たか見ないか、「仮面ライダー」を見たか見ないかというのが共通言語になってて、基盤がすご脆弱なんですよ。共産主義というものを知らない、もちろん戦争も戦後も知らない、連合赤軍とかも知らなくて、知ってるのは高度成長の勢いとそれが破綻するさま、あとは政治に対する不信とかですね。とにかく、世間で大丈夫といわれてたものが、ドルショックだの石油ショックだの公害などで数年もしないうちにすべて崩壊していくさまを見てて、日本経済の基盤というのも大したことないんじゃないかと。現実と空想の部分との差というのもなくなってきてる。大島監督の六〇年代の作品を観ると、空想と現実の交差というのが出てきますが、そのころ子供だった僕らは、そのころ本当に空想と現実というのが交差してたわけです。子供のころはウルトラマンというのが本当にいるんじゃないか、あるいはいるというイメージを持ってたりしたんですね、怪獣がこの街を壊してくれたら面白いだろうなとか。そういう部分で育ってるので、現実感というのが基盤にないんですね、土着という意識ももうなくなっちゃっている。そういう呪縛から逃れられないんじゃないかという恐怖がですね、僕もうすぐ四〇なんですけど、四〇前にして、ひしひしと来ているという感じがしているんです。で、大島監督のモチヴェーションというのはいったいどこから来てるんだろうかと思ったんです。

大島

僕らなんかもね、六〇年代が終わってみると、それまで現実だと思ってたものが全部崩壊して、それが崩壊して行くと同時に、僕らがもってた夢も崩壊するんですね。僕は七十二年に、自分がもっていたプロダクションを解散して、一人になってまたやり直そうということで、それから『愛のコリーダ』になって、それからテーマが全部過去になるんですね。要するに、現実をテーマにして何かやろうというんじゃなくなって、全部題材が過去になるんです。そのことが現在まで続いているんですけど、まだこの次もちょっと現実をやろうという気がないんで、どうしようかなと、思ってるところなんですけど(笑)。そういう意味では、あなたのことなんかは外から見てると、アニメという全然違うところへひとつの新しい現実のようなものを作ってるんじゃないかと思って、それがすごく羨ましいというか、どうすればああいうふうになれるんだろうというのがあるんですね。

庵野

それは、現実からの逃避が日常と化しているからできているんじゃないでしょうか(笑)。

大島

ああ、もう日常になってるわけですね。

庵野

常日頃から空想がベースになってますからね。アニメはもう全部作りごとの世界ですから。イメージの世界で全部構成されてるんで、その中に現実は何ひとつないんですよ。現実を置き換えたものがそこにあるだけで、それ自体は現実ではないんです。でも、芝居とか映画はそこに現実を作ることが可能だと思うんですよ。少なくとも、今ここに35を立てれば、ここにあるものは現実になりますから。アニメの場合はそれがないんですよね。それすらもイメージしなきゃいけない。

大島

でも、実際に写したら、それはつまんないでしょ。

庵野

いや、面白いところをロケーションして切り取りたいとは思うんですけど……。僕は現代の日本にこだわりたいんです。戦後も何も僕らにはないので、今しかないんですよ。ロクな過去が僕らの原体験にないので、過去をベースにしても、より希薄になるだけなんです。かといって未来を描くほど、楽観主義じゃない。未来をやると、今は必ず悲観的にしかならないので。だとすると、目の前にあるものと向かい合いたいんですけど、そうすると、何もない自分というのが浮き彫りになって、戸惑うばかりなんです。『エヴァンゲリオン』の場合は、何もないというのを提示しちゃったんで、今度はその先の、何もないからどうすればいいのか、というのをやらなくちゃいけないんですけど、それはなかなか見つからなくて、立ち往生してるんです。そういうときに『御法度』を観るとですね、「わっ、おやじは頑張ってるのに……」。

大島

(笑)。

庵野

という感じがして追い詰められるんです。出口がなかなか見つかりません。それは僕らに共通するところだと思います。今の四〇くらいの人以降は、全共闘も安保もないですから、それをテレビで見てて、否定的な気分、「やっても仕方がない」といういわゆるシラケのムードが根付いちゃってますよね。そういう子供のころから閉塞しちゃってる自分たちは、どうすれば先にいけるんだろうか、これからもずーっと付きまとうんじゃないかと思います。

大島

そういうふうに問題を付きつけられると、僕なんか何を拠りどころに仕事をしてるんだろうとあらためて考え直さざるをえなくなってしまいますね。でも結局拠りどころがないと、もの作りにはならないんで、やっぱり何かを拠りどころにしてるんでしょうね。それが例えば『御法度』の場合は何であったかというと、また自分で考え直すわけだけど……。

庵野

わかりやすい拠りどころが僕らにはないんです。戦中派の方は、いわゆる神風特攻隊の遺恨というんですか、同期は死んで、自分は生き残ってる、その生き残ってる自分は、彼らの分まで何かしなきゃならないと絶対的なモチヴェーションがあると思うんですよ。あと、国家だとか資本主義というものに逆らうとか、反米とかですね、ものすごいエネルギーに近いモチヴェーションをもってますよね。それすらもない自分たちはどうすればいいんだろうと思ってしまうんです。

大島

でも、僕なんかにいわすと、戦中派の連中は、そこのところで何かに嘘をついてきたという気がするんです。僕らは嘘はつきたくなかったんで、そこのところが一番難しいんじゃないかという気がしますね。

庵野

国家というものが関係してくるんですかね。六〇年代から七〇年代のあのへんの映画って、かならず……。

大島

国家ですね。

庵野

国家を扱ってましたね。国というものが、自分に何をしてくれるのかとか、そういうのが必ずテーマになってましたけど、今は日本映画って個人の話しかないと思うんです。自分が明日幸せに生きるにはどうしたらいいんだろうという。身近なんだけど、見方によってはせせこましい。本来だったらそれくらい自分で何とかできるでしょうという話のレヴェルまで映画が落ちていって、いってみれば、明日自分はどうすればいいのかというのを映画で見つけるような、そういう時代になってきてるんじゃないかと思うんです。そういう身近なものは映画以外のところにあると思うし、映画がそこまでする必要はない、映画というメディアはもっと大きなものを扱った方がいいと思うんですけど、それはメディアが不特定多数で大きいからですが、そういうのはテレビとか本でやってよという気もあるんですね。映画というのは、わざわざ映画館に行かなきゃいけないイヴェントですから、そういうものを扱うようなハコではないと思うんですけど、でももうそこまで行っちゃってる気がするんですよ。

 で、『御法度』なんかはそういうところをふっ飛ばしてて、羨ましいなと(笑)。

大島

まあ、ふっ飛ばさないと、仕事にならないからそうするわけですけどね。まあ、僕なんかからすると、何ら羨ましがられるところはないんであって、こっちは本当に悪戦苦闘してるんで。こちらから見ると、庵野さんなんかはもっと楽々としてやってるように見えてしょうがないけどね。

庵野

現場は目茶苦茶ですけどね。楽してできる映画は僕はないと思います。どこまで限られた時間でできるかというのが勝負どころだと思いますね。

大島

映画は目茶苦茶だという、その目茶苦茶に頑張るというエネルギーはあるわけでしょ。

庵野

現場はもう刹那に、このカットとこのカットどうすればいいという物理的なところに使われちゃいますけど、今はもっとメンタルなところですね。撮りたいものと、撮るべきだというものが重ならないと、なかなか一年二年モチヴェーションが続かないんですよ。撮りたいものというのは、新しい撮りたいものができちゃったら、その場で興味がなくなってしまうんで、それを持続するために、これは撮るべきだという意味合いみたいなものがないと、続かないんですよね、自分の中では。

大島

それは贅沢だね(笑)。

庵野

贅沢ですね(笑)。

大島

撮るべきだというほどのものはなかなかないんですよ。

庵野

僕は飽きっぽいのか、なかなか続かないんですよ。二年半が限度なんですよ、ひとつの作品を続けるのは。それ以上行くと、世の中も変わってしまうし、スタッフも疲労してしまうんです。一番先に疲れが見えるのはどうしても自分になっちゃうんですけど、それを隠していくと、やっぱり精神的にあんまりもたないんですよ。撮る「べき」っていうのは、ほんのちょっとでいいんですけどね。こういうのを世の中に見せてやるんだ、みたいな勢いでもいいんで、何かあればいいんですが、なかなか今は難しいです。

大島

でも、それは出てくるのを待ってなきゃいけないんでしょ。

庵野

そうなんです。でも、プロデューサーは「早くしろ」というし、僕自身は時間がなくなってっちゃうのがもったいない気がして。気だけはぐるぐる焦るんですけど、そこまで弾みがつかないという感じです。

ハコと中身

庵野

大島監督はテイクは重ねる方なんですか。

大島

いや、全然重ねない方です。

庵野

途中で切ったりしないんですか、カットをかけたりとか。

大島

いや、かけないですね。どちらかというと、全部長回しをして、撮っちゃう方です。

庵野

じゃあ、フィルムもあんまりいかないですね。せいぜい完成したものの三倍くらいですか。

大島

そうですね、もうちょっと使ってるかもしれないけれど、せいぜいそんなもんです。

庵野

僕が撮った『ラブ & ポップ』というのは、民生のデジカメをベースに撮ったんです。六〇分回して九五〇円で済むので、無造作に回してたんです。カットも何もかけないで、とにかくいつの間にか回してて、いつの間にか終わってるという。一五〇時間くらい回してニ時間にしたんですが、フィルムにすると、膨大な量になっちゃいますね。決めてかかって撮るというのがなかなかできなくて。

大島

僕はなんといっても貧しい撮影所の育ちですから。二倍くらいしかフィルムを使わないという生活から始まりましたからね。

庵野

僕はフィルムの経験というのがあまりなかったんで、どこをどれだけ回せばどうなるというのがわからなくて、じゃあせっかくだからデジカムで撮ろうということになったんです。次は35でやりたいんですよ。せめて三倍くらいで終わらせたいんですけど。

大島

でも、庵野さんだったら、今はお金出してくれるところがあるんじゃないですか。

庵野

いや、そんなことはないです。

大島

あったら、逆に困っちゃう?

庵野

僕はバジェットに合わせたいというのがあるんですよ。一千万で撮るんだったら一千万の企画でやりますよと。一〇億ほど使えるんでしたら、一〇億の企画にします。一〇億の企画なのに、三億しか出ないというときには、その企画の形を変えて、ハコを変えて三億にしてしまいます。与えられたものをコストパフォーマンスよく撮りたいんです。そのコストに合わせた演出でやりたいんですね。そこで背伸びをしてスタッフに無理な思いをさせたくありませんし。逆に五千万だったら、ペイラインも低いんで、短館系の実験的なものでもいいんです。五千万だったら、劇場に一月半かけてある程度の配収がくればいいんだったら、けっこういろんなことができるなと思います。

大島

そういう点じゃ庵野さんなんかは、初めから縛られたものがないんだな。その自由さがやっぱり良さだし、逆にいうと、その自由さで今悩んでらっしゃるところがあるんでしょ?

庵野

そうですね。何が自由で何が不自由なのかわからないところがありますね。撮影所とかそういうものが自分にはないんです。アニメの場合は、最初から戸は広いといいますか、まあ誰でも入れるところがあって、監督になるチャンスとか演出をやるチャンスは多いんですよ。作品数も多いし。それから実写に……『エヴァンゲリオン』がヒットしてくれたおかげでその話もあっという間に決まっちゃったんですけど。

大島

dも今度一度、例えば京都あたりの古いスタッフでやってみたら面白いかもしれないですよ。

庵野

ああもう、何もできないでオロオロしちゃいますよ。

大島

庵野さんには初めからプロデューサーみたいなのはいないわけね。

庵野

自分で半分やってる感じですね。スタッフもお金もある程度自分で集めてこないと、前に進まないんですね。自分で出すわけじゃないですけど、出してくれる人を探してくるということですけどね。スタッフの優秀な人は限られてますから、自分のところに来てもらえるかということは、そのへんは自分で動かないと進まないですね。

大島

だったら、庵野さんは初めっから世界を相手にしてやられた方がいいですよ。アメリカよりヨーロッパの方がいいだろうと思いますけどね。

庵野

世界ですか……ひー(笑)。

大島

いや、そうだって、本当に。今はそれができるんだもの。

庵野

そんな夢はないんですけどね。日本だけで精いっぱいというかんじですが……。今はまだ日本にこだわりたいんです。日本の土着みたいなものに。まだ『儀式』は観てないんですけど、(今作ろうとしてる話が)『儀式』みたいな話じゃないかっていわれたんですよ。友達に、大島監督と庵野はすごく似ているといわれたことがあって。

大島

あんまり僕には似ない方がいいですよ(笑)。不幸せになるばっかりだから(笑)。

庵野

作ってるものが似てるっていわれたんです。アニメ界の大島渚みたいなことをいわれたことがあって、光栄だと思いますが。まだ日本というのがわかってない感じがして。自分にとって日本というのは何なんだろうというのを、自分なりに総括できればしてみたいんです。完璧な総括は無理だと思うんですけど、自分なりに納得できるような総括を、自分自身の四〇年の歴史も振り返ってやれないかなあと思うんですけど、なかなか突破口が見つからなくて。

大島

『儀式』は七一年でしたか、あれも僕の人生の総括のつもりではいたんですね。

庵野

日本人ていうのはそういう特殊な民族でいいと思うんですけど、特殊だからこそその特殊性を何か形にしたい。難しいです、自分の力量を超えているのかもしれない。

大島

今はそんな気はないけれど、あの当時はやっぱり日本というものを絶対に外国人たちに教えてやりたいと思っていたからね(笑)。こういうことがわかんなくてどうするんだ、というね。

庵野

あ、それはありますね。日本というものをある程度総括できれば、それはヨーロッパなりアメリカなり海外に通用するんじゃないでしょうか。

大島

そう。そう思います。

庵野

彼らに媚びを売る気はないんですけど。

大島

これがわかんないんだとしたら、お前らが悪いんだ、というくらいのね。

庵野

わかってくれよ、という気はないんですけど、日本人はこうです、という主張みたいなものを持ちたいと思う。攘夷思想じゃないんですけど、日本は日本でいいんじゃないかと思うんですね。典型的な日本の町ってものをどこか見つけて、そういうものを切り取ってできないかなあ、と思ってるんです。

大島

でも、実際問題として、なかなかないでしょう。

庵野

ないんです。ロケーションがないんです。ポンと置いただけで絵になる町ってどっかないですかね(笑)。

大島

それは絶対ないね(笑)。

庵野

東京は飽きちゃったんですよね。飽きるというか、ビルが増えるだけでそんなに変わらないように思えるんです。七〇年代とか六〇年代から取り残された町というのを見つけて逆説的にできないかなと思ってるんですけど。

大島

それは自分で作らないと駄目でしょうね。作るんだったら、撮影所として京都がいいです。今回もロケをやるっていうんで、スタッフが撮影する場所を探してくるんですけど、でもそんなもの全部僕は知ってるんだよね、簡単にいえば。それを再構成しないとしょうがない。再構成すればどうにかなるんだけれど、でも、誰もが必ず一回やニ回は通ってるところなんです。

庵野

自分にとっての日本て、どうしても六〇年代の高度成長が原点になってしまって、そのへんの原風景にどうしても行ってしまうんです。

大島

その原風景といわれるものには何があるんですか。

庵野

工場……ですね。コンビナートとか、工場から出てる煙とか。立体交差だけでときめいたぐらいの年代なんですよ。「東京に立体交差がある! カッ、カッコいい」と。

大島

僕は東京の高速道路ができるその瞬間を『日本春歌考』で撮ったつもりですけどね。

庵野

東京オリンピックっていうのが四つのときなんですけど、東海道新幹線の開通のときの新聞の一面のカラーを今でも覚えてるんですよ。それくらいの年代なんで、どうしてもコンクリートとかそっちの方にいってしまうんですね。

大島

じゃあ、東京オリンピックを撮ったらどうですか。

庵野

うーん……東京育ちでもないので、今ひとつ東京に思い入れがないんですよね。憧れの地ではあったんですけど。来て住んでみると、そうでもなくなってしまうというところがあって。来たてのころは新宿の構想ビル街とか好きで、暇さえあれば見に行ってたんですけど、今はもうそういうエネルギーもなくなって、東京に慣れてしまったのかもしれないです。むしろ地方都市の方が好きです。

大島

出身はどちらなんですか。

庵野

山口の方なんです。実際、山口県というのは七〇年代以降、取り残されてるかんじがあって、いいかんじなんですけどね。寂しいんですよ。行くと寂しくて、その寂しさが何とかならないかなと思うんですけど。寂しいだけで、その先が見つからないんですよね。その寂しさをどうすればいいのか。その先に行きたいんですけど、その答が自分でもなかなか見つからない。

大島

後は外人の眼に東京はどう見えるかというのがありますね。

庵野

外から見た東京ていうのは、なかなか自分ではわからないですね。海外に行って成田に着いて、成田ではあまり感じないですけど、首都高あたりに帰ってくると、いかに東京の街というのが異質なのかよくわかりますね。アメリカでもヨーロッパでもない、変な場所ですよね、東京って。

大島

僕は外国で病気になって倒れて、一カ月くらい外国で寝てて、東京に帰ってきたときに、これがどうしても東京に見えないんですよ。沖縄ってかんじはするんです、何故沖縄なのかはわからないけれど。その違和感が一年くらい付きまといましたね。どうも日本じゃない、あるいは東京じゃない。どこか騙されて連れてこられたんじゃないかというね。病院から見た風景もそうだけれど、例えば成田に着いたときも、どうしてそれが成田に着いたってのがわからないんですね。日本のどこかに着いたんだけど、何か違う。そして車で運ばれてくるんだけど、その道が東京に普通帰ってくる道とは違うんです。何か騙されてるとか、どこかへ連れていかれるんじゃないかという強迫観念が付きまといましたね。

庵野

視覚的なものなんでしょうか。

大島

視覚的なものですね。倒れて初めて病院で目が覚めたときも、やはりロンドンが全然ロンドンに見えないんですね。窓から見える風景しか見えないし、黒い人や黄色い人もいっぱいいるし、こちらはロンドンというと白人のいるところだと思っているから(笑)、ここは違うんじゃないか、とんでもないところへ来ちゃったんじゃないか、とね。

庵野

自分が観念としてもってたものと、実際に視覚的に見えるものとのズレなんですね。

答を探して

庵野

ちょっとさっきの話に戻りますけど、答が見つからなければ映画が撮れないというわけではもちろんなくて、答を見つけるために映画を撮るというのもあると思うんです。その答探しが映画になっていて、その答が見つからなければ見つかりませんでしたとして素直に出せばいいと思うんです。ただ、そこで無理やり自分を騙して見つかったような降りをするというのはまずいんじゃないかと。それは客を騙すことになる。自分も騙されてれば問題ないんでしょうけど。実は嘘だったというのが後からわかって「しまったあ」なんていうのはOKだと思いますけど、わかってて騙すのは良くない。それはそれで撮れると思うんですけど、この歳になると、そろそろ答のひとつやふたつは出しとかないと(笑)、いつまでたっても問題提起だけで終わってしまう、という焦りもあるのかもしれませんね。オトナになりたいのかもしれない。じっくり撮りたいとか、オトナ的なキーワードが自分の中に欲しいんですね。

大島

でも、ある意味で、庵野さんは『エヴァンゲリオン』で大人になった監督と思われているんじゃないですか。

庵野

そこのギャップというのもしばらく苦しんだんです。世間にできてる僕の像と実像の誤差があまりにも大きくて、一時期それでかなりいやな思いをしたことがあるんですけど、だんだんそれが気にならなくなってきたというか、まあそれはそれでいいでしょうという気になってきましたね。

大島

僕らの時代は「貧乏」というひとつのキーワードがあったからね。今は……。

庵野

ないですね。

大島

そこが一番辛いところですね。

庵野

子供のころは貧乏だったんですけどね。食うに困るほどじゃなかったけれど。

大島

映画監督としての貧乏もね。

庵野

ああ……どうですね。わりと恵まれてめすね。お金ないのはないんですけど。最初のアニメも、やりたてのころは月給四万五千円ですから。それなりに貧乏だったんですけど。それでいいというのもあったしな……。

大島

やってると、映画は貧乏じゃないというかんじがあるからね。

庵野

そうですね。少なくとも食えますから。

大島

それと作ることの困難の貧乏とは違うからね。まあ、映画監督には一にも二にも運がいいことが大事なんだよ(笑)。運だけですよ。

庵野

はあ(笑)。でも、それは感じることがありますね。映画の神様に好かれてるというのは、正直思います。

大島

そうでしょ。

庵野

他の神様には嫌われてるんですけどね(笑)。そろそろ他の神様にも好かれたいです(笑)。

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