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   <title>序破急</title>
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   <updated>2008-07-27T14:01:14Z</updated>
   <subtitle>庵野秀明や貞本義行の発言集、作品に関連する資料など</subtitle>
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   <title>写実とリアル――アニメと実写の差異について</title>
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   <published>2008-07-27T13:46:27Z</published>
   <updated>2008-07-27T14:01:14Z</updated>
   
   <summary>SALON. version3.0 より</summary>
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      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="66" label="アニメ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="71" label="エヴァ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="88" label="<![CDATA[ラブ&amp;ポップ]]>" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="95" label="式日" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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   <category term="103" label="流星課長" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<blockquote>
<div class="small">
<p>S:アニメを制作する側として、いま現在、デジタルに対してどうお考えですか?</p>
</div>

<p>「手段として、現場ではデジタルのほうが、アナログに比べて圧倒的に楽です。仕上げの手間がかからないし、少人数でできるとか、いろんなメリットがあるので。かつてアニメ制作におけるデジタルの一番のデメリットは、お金がかかるということだったんですが、今だと、それも軽減したので、もうデジタルが主流じゃないですかね」</p>

<div class="small">
<p>S:アナログと同じことを表現するにも、デジタルを使ったほうが楽ですか?</p>
</div>

<p>「楽というか、時間がかからないですね」</p>

<div class="small">
<p>S:経済的な問題以外に、デジタルでなければ表現できない部分はありますか?</p>
</div>

<p>「デジタルでできることの大抵のことはアナログでもできると思うんですが、アナログだと手間がかかるからやらないんです。物理的にも経済的にも負担がかかる。むしろデジタルのほうがいろいろと減ったんではないですかね。負担が。CGにこだわった場合も、CGはCGでしかないので、それ以上のものは出てこないんです。今のところはですね。映像としてはアナログじゃないとできないこともある。ただアニメの場合は、CGとアニメ画だと、差異がなくなってきたので、CGに流れちゃうんですけれどもね。ただ楽というだけで、付加価値が少ないですよね」</p>

<div class="small">
<p>S:CGを取り入れる際は、オペレーターが新たに入ってくるんですか?</p>
</div>

<p>「そうなると思います。でもだんだん使いやすくなって、オペレーターはいなくなってくるんじゃないですかね。(アニメーターや演出が)直接いじるようになれば。皆そうするだろうし、本来そういうところがCGの一番いいところなんだと思います」</p>

<div class="small">
<p>S:『ラブ &amp; ポップ』や『流星課長』では、デジタルビデオ(以下、DV)を使っていますが、DVでしか撮れないものというのがあるのですか?</p>
</div>

<p>「そういうものもありますが、それは企画によりけりだと思うんです。Grass-hoppa!はフィルムにこだわっていたので、ビデオを撮りたいといったらちょっと怪訝な顔をされたんです。でも『流星課長』はビデオのほうが向いていると思ったのでそうしました」</p>

<div class="small">
<p>S:アニメのストーリーって、テクノロジーの発展をある程度想定して制作していくと思うんですが、いま期待されている技術の分野はありますか?</p>
</div>

<p>「あまりないですが、期待というか行きたいのは宇宙旅行ですね。さすがに何億も出すのは無理ですけど。数百万なら、お金を貯めて行きたいと思います。ビジュアルでの疑似体験的には、品川のIMAXで見た映像がよかったです。あれで十分堪能できました。あれに無重力さえあれば、さらにいいんですけど。とりあえず宇宙空間へは生きているうちに行ってみたいですね」</p>

<div class="small">
<p>S:未来的な要素を取り入れた作品を作るにあたって、大変なことはなんですか?</p>
</div>

<p>「本物の現実社会で巨大ロボットはちょっと無理がある世界ですよね。まあアニメだからと、巨大ロボットを描くのはやってますけれども、絵空事の世界でも、あっという間に過去になっちゃうんですよね、今の時代は。エヴァも作ってた当時は、だいぶ先だと思っていましたが、このままだと2015年もすぐに来ちゃうなあと思います。劇中のセカンドインパクトを設定した年は、もう3年も前に越えちゃいましたからね。ほかのアニメのパトレイバーとかも、90年代の話なんで、圧倒的な過去になってしまうんですよ。</p>
<p>　それはまあ、しょうがないんですけれども。あとは、ガンダムみたいに全然違う世紀を設定して、西暦をなくすとか。もっと先にしてしまうとか。あまり未来にして地続き感をなくしてしまうと、観客は「ハイハイそうですか」で、終わってしまう。未来を意識しすぎてあまり生活感がなくなると、お客さんがもう全然ついてきてくれないんです。特にアニメは記号的な画なので、見たこともないデザインの電話機を登場させても、劇中でそれを使うショットを見せないと電話として認識してくれません。その電話機のデザインが見せ場だといいんですが、限られた情報しか描けないアニメでは、一目瞭然で電話機とわかってくれたほうが尺(コマ数)にも労力を割かずに済むんですね。あまり未来っぽくせず、見慣れた風景やモノがあるなかでやりたいというのはそこにあります。別に未来世界を主に描こうとは考えていないので。エヴァンゲリオンも、SFとしてあまり意識してやっていなんですよ。それをしていたのは『トップをねらえ!』くらいですね。僕の中では、エヴァは巨大ロボットものなんです」</p>

<div class="small">
<p>S:例えば巨大ロボット技術などについては関心がありますか?</p>
</div>

<p>「ホンダのP3は本当に衝撃でした。ニュース23だったと思うんですが、初めて見た時はすごいショックでした。あれと、ゲームの&lt;&lt;ヴァーチャファイター2&gt;&gt;。そのデモを、業界が近いので発売前に見せてもらったことがあったんですが、それはちょっとショックでしたね。セルアニメは、これに勝たなければならないのかと」</p>

<div class="small">
<p>S:どこら辺がインパクトありましたか?</p>
</div>

<p>「動きとか、3Dの空間ですね。でもそれはファーストインパクトで終わっちゃった感があります。その後、ゲームは、リアルの方向に行っちゃって。それでは実写に勝てないし、アニメにも勝てないんで。すごく中途半端なところに行っちゃってますね」</p>

<div class="small">
<p>S:ゲームもそうですし全体的にそういう方向性になっていますね。</p>
</div>

<p>「3Dゲームの画面は、写実的ですからね。写実とリアルは違うと思うんです。リアルは感覚なので、(それを表現するのに)記号でも十分なものなんです。それもまた現実とは違うと思いますけれども」</p>

<div class="small">
<p>S:ゲーム&lt;&lt;ストリートファイター&gt;&gt;などは、描写からセル画っぽくなっていますよね。</p>
</div>

<p>「あの辺は、セルのアニメとそんなに変わりはないですね。まあ自分で動かせるっていう大きな違いはありますが、基本的に僕はゲームをやらないので、おもしろさがわからないんです。今は、暇で時間があってもゲームはやらないですね。なんか上手くならないんですよ。コントローラーの瞬時操作に向いてないんでしょうね。昔テトリスはやってたんですが、途中の何面かがいつまで経ってもクリアできなくって。だんだん“なんで時間潰してまで、嫌な思いをしなければならないのか”と思うようになって、ついにはやらなくなりました。一番続いたのはマージャンゲームです。マージャンは好きだし、急いでボタン押さないで済むし。</p>
<p>ただ、脱衣マージャンになるとダメなんです。なんでこの女は脱がないんだ、と。相手が強いと脱がなくてムカッとくるし。逆に設定がゆるいと、すぐ勝ってしまって面白くないし。結局は、お姉ちゃんが脱ぐよりは、ギリギリのところでマージャンに勝ったほうが気持ちいので、本格的な4人打ちマージャンに移行したんですけど、レベルが強くなるとだんだん勝てなくなってきて暇つぶしじゃなくってきちゃいましたね。半チャン1回やって、トップ賞とって、さあ寝ようぐらいがちょうどいいのに、勝つまで寝なくなってしまう。でもあれも内容とか複雑になって、やめちゃいました。ハマったと思えるのは、初期の&lt;&lt;信長の野望&gt;&gt;と、&lt;&lt;スーパーロボット大戦&gt;&gt;くらいですよね。まだ音声台詞がないころまでです」</p>

<div class="small">
<p>S:結構やってらっしゃるんですね。</p>
</div>

<p>「食わず嫌いはやめておこうと。ドラクエとか流行りものも、ある程度は押えておこうとやったんですけど、自分には根付かなかったです。どうも基本的にゲームのおもしろさっていうのが、僕の中ではわからないみたいですね」</p>

<div class="small">
<p>S:どちからというと、読書とか。</p>
</div>

<p>「いや、本も最近は読まないですね。映画もDVDを買うだけで、全然見ないです」</p>

<div class="small">
<p>S:監督なりの感性を養うポイントはどこにあるんですか?</p>
</div>

<p>「ニュースとか報道番組を見たり、街をブラブラしたりとか。嫁さんが山歩きが好きなので、最近は山ですね。アニメとか映画はほとんどみたいです。監督さんの中には年間に映画を何百本も見る人はいると思うんですけれども、僕は映画を見る癖がついてないので。見なくても、そんなに苦痛じゃないんですね。おもしろい映画は見たいですけど、見たいと思う映画があまりないのかな。仕事で見てる場合が多いです」</p>

<div class="small">
<p>S:コミュニケーションの問題について訊きたいんですが、映画『ラブ &amp; ポップ』では、携帯電話がストーリーのなかで重要なツールになっていると思うんです。テクノロジーの発展によって、人のコミュニケーションがどう変化すると考えていますか?</p>
</div>

<p>「携帯電話が圧倒的な人気で普及したのは、これはもう楽だからだと思いますよ。実にパーソナルなツールだし。ツールとしても環境がすごく楽ですよね」</p>

<div class="small">
<p>S:今、ご自身も持ってらっしゃるんですか?</p>
</div>

<p>「持っちゃってますね。基本的に電話は嫌いなんです。仕事以外でまず電話はしないですね。仕事の電話以外でかかってくるのも嫁さんくらいしかいないです。かける人も嫁さんくらい。送信とかが何ヶ月前のものまで残っていて、本当に使ってないんですね。指の操作が面倒なので、携帯のメールは全然やらないし。けど、やっぱり楽ですよね。携帯があったほうが」</p>
<p>「昔は家に一台しか電話機がなくて、家族で共有していて、彼氏が彼女に電話するときに親が出たらどうしようとか、2回コールして切ったら自分のやつだとか、そういう暗号を送らないと個人にはなかなか繋がらなかった。お姉さんが長電話していると、妹が早く切ってくれみたいな。しょうがないから、近所の公衆電話までわざわざかけにいくという光景が、ちょっと前まではあったんですが、今は見なくなりましたね。テレビの時と同じだと思いますね。より楽チンなもの、考えなくて済むものに、人は流れていくんだと思います。出会い系サイトも、テレクラまで出かけるより、携帯メールのほうが楽ですよね。方法が楽ですし、顔も見ないで済むし、声も聞かないで済む。イージーとかリーズナブルとか、そういうものに次々と流れ込んでますよね</p>

<div class="small">
<p>S:それによって社会がどう変化するとお考えですか?</p>
</div>

<p>「どんどんゆるくなると思います。伝わり方とかが直接的じゃなくなったということです。</p>
<p>　それでも(コミュニケーションを)とった気になれるということですよね。コミュニケーションのうちに入るのかなという。メールだと誰が打っても同じ文字になるから、そこに人格がなくなっちゃうんですね。顔も声も筆跡も名前も、とにかく自分をあまり出さずに、表層的なところでコミュニケーションをとった気になれるのは、やはり楽ですよね。</p>
<p>　昔は、寂しくて、どこの誰とも分からない人と話したいと思ったら、とにかく適当な番号にかける行為があったそうです。結果は“キチ●イ”とか言われて切られちゃったそうですが。でも、今は不特定多数に無理なく発信できるじゃないですか。これは楽ですよ。インターネットの掲示板とかには、そんなところがあると思います。そこに書いてみると、喜怒哀楽がその場所で生まれるからコミュニケーションをとった気になれる。おまけに、ムカッとなったら別の掲示板に行ける。それは生身の女の子と付き合うのに比べれば、かなり楽です。主流は、そういう表層的なところに流れて行っちゃうんだな、と思いますね。そういう人は、どんな時代でも一番楽なところに行くので。環境というか、周囲にあわせて動いてるだけなんじゃないですかね」</p>

<div class="small">
<p>S:作品の中に、見る側に対してコミュニケーティブな要素と、ディスコミュニケーティブな要素を織り込まれると思うんですが、どちらを重視していますか?</p>
</div>

<p>「それは一方向のほうが楽でいいです。ゲームは双方向なので、僕がゲームを作らない理由もそこにあると思うんです。そこまでユーザーに対して、サービスできないですし。映像は一方向で、出しっ放しですからね。双方向も「一対一」だったら、その人に合わせて「塩を薄めにしましょう」とかもできますが、「一対多」だと、なかなかそうはいかないです。エンターテインメントっていうのは、最大多数の最大幸福なので、一番よい加減のところに持っていくだけでしかないと思うんです。やってることは、どちらにシフトするかとか、そういう部分の判断だと思います。ちょっと濃い系にするのか、ちょっと一般的なほうに持っていくかとか」</p>

<div class="small">
<p>S:庵野さんが制作されているときはどうなんですか?</p>
</div>

<p>「それは企画によりけりですが、たったひとりのためにものを作るのも僕はいいと思いますし、40億の人が感動するようなものもいいと思います。それはなかなか難しいですが、せめて2万人とか、できれば100万人とか、そういうものでしかないと思うんですよね。たったひとりのためにっていうのも、かっこいいと思いますけれどね」</p>

<div class="small">
<p>S:自分で企画を立てるほうが楽しいですか?</p>
</div>

<p>「いや、そんなことないです。僕は自分がベストだとは全然思っていないので。自分よりおもしろいものは世の中にいっぱいあると思うんですよ。僕はおもしろいほうに賛成なので、監督をやってても、別の人が考えたおもしろいアイデアがあれば、そのほうがいいと思うんです。自分の才能みたいなものを盲信していないし、自分ひとりで考えるよりも、いろいろな人のイメージの集合体を作ってるほうが過程も、できた作品もおもしろいと思いますから。自信を持って、“これがいいんだ”って言える人がうらやましいですね。常々、僕は、これでいいのかなと考えちゃうんですよね。監督がする仕事って、責任をとることしかないんで、まだなんかおもしろくなるんじゃないかと思ってしまいます」</p>

<hr />

<div class="small">
<p>S:『式日』を観て宇部に行ってきたんですが、DVDがいよいよ発売されますね。</p>
</div>

<p>「太陽家具(劇中で主人公の女性が住んでいた建物)、2002年の2月になくなっちゃったんですよね。あの辺一体が再開発で、『式日』の風景も今では無くなってしまいました。ギリギリ間に合って、撮れてよかったです。ああいう画はデジタルでは描けないと思います。『式日』は、デジタル処理も混ぜてますけれど、それはデジタルとして、ちょうどいいところを入れてます」</p>

<div class="small">
<p>S:デジタルとアナログで、どう使い分けをされているんですか?</p>
</div>

<p>「デジタルは、いわゆるCGとかになってしまうんですが、それは、もうヴァーチャルなものなんですよね。本来そこに存在しないものなんです。実写は、すでにそこに存在しているものをカメラで切り取る作業なんです。“そこにすでに存在しているもの”というのは、僕の頭の中で描いているものより、遥かにすごいものがいっぱいあるわけですよ。</p>
<p>　自分の頭の中にあるイメージを可能な限り具現化しようと思えば、それはアニメとかCGが作業的にベターなんです。そうではなく、実際に、ここにあるものをきちんと描きたい、ということになれば実写がベターになる。『ラブ &amp; ポップ』は、アニメでは描けない。アニメっぽくはなっちゃうんですが、それはあくまで切り取り方などの技術的な問題で、あの感じは実写/ビデオじゃないとできないです。ドライであり、ちょっとウエットな感じ。その微妙なバランスは、セルでは出せないです。逆にエヴァをあのまま実写に置き換えるのは現実的に難しいと思いますね」</p>

<div class="small">
<p>S:村上龍さんの『五分後の世界』は、アニメっぽい感じもするんですが。</p>
</div>

<p>「『五分後の世界』はマンガがちょうどいいんじゃないですかね。小説の次に向いているのはマンガだと思うんです。小林源文さんとかの絵柄で。アニメでも難しいんじゃないですかね。実写でも、不可能じゃないですけれども、ものすごく大変です。小説のストーリーのまま実写化するのは、現実的にかなり難しいでしょうね」</p>

<div class="small">
<p>S:そうすると、これからも実写やアニメという枠にとらわれずに、その時々にあった方法論でメディアを選ぶということになるんですか?</p>
</div>

<p>「実写とか、アニメは、カテゴリーと世間では捉えられていますが、作る側からみれば方法論の違いでしかない。幸い、自分は選ぶ選択肢が増えたのでよかったです。これから映像をやりたい人は、デジタルとかアナログにこだわる必要はないと思います。でもデジタルの良さを肌で実感しようと思ったら、アナログもやってみないとわからないんですよ。アナログもデジタルもやった上で、どっちかなって。両方いいなとか。</p>
<p>　アニメと実写になると現場とかも全然変わるので、大きなすみ分けにはなっちゃうんですが、方法論とすれば、デジタルとアナログも両方やればいいと思うんです。過渡期にいた僕らは両方経験できたので、ちょうどよかったと思います。フィルムとデジカメも、両方やるのがいいですよね。いろいろやってみてその度に判断していくのがいいかと思います。</p>
<p>　今は、僕もデジタルが増えてきましたね。スチールを撮るのもデジカメだし。基本的には取材写真しか撮らないので、昔は併用してたんですが、やっぱりデジカメのように枚数をいっぱい撮れるほうがいいですね。編集作業もデジタルノンリニアがいいです。ただ、映像そのものは、フィルムにもデジタルにもそれぞれ特徴があるので、企画にあったものをその度に選ぶしかないですね」</p>

<hr />

<p>「エヴァの映画が終わった時に、アニメではできないことをとにかくやってみようと。どうしてもアニメだと記号論なんです。記号論がちょうどいいポジションの企画っていうのはあると思いますね。でも実写を撮りたいんだけれども、お金がないんで、アニメにするっていうのはいかがなものかと思う。その逆もしかりですね。黒澤明さんの『七人の侍』のようなものをアニメでやろうとしても、それは無茶です。あれは実写だからよかったんだと思います。もっと分解して全然違うものにしてしまえば、可能だとは思いますね</p>

</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
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   <title>祝完成 The Spirit of Wonder チャイナさんの憂鬱OVA</title>
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   <published>2008-07-24T15:29:07Z</published>
   <updated>2008-07-24T15:43:34Z</updated>
   
   <summary>月刊ブレッケンブリッジ新聞 特別編集版 より</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="101" label="鶴田謙二" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      <![CDATA[<p>手書きメッセージとチャイナさんのイラスト掲載。</p>]]>
      <![CDATA[<blockquote>
<p>　これは近年まれにみる丁寧で良心的なイヤミのない心暖まるグッドなアニメーションです。<br />
良くも悪くも原作通りの味をのこしたものになってました。<br />
「おだいじに!」に続く、おすすめのOVAです。</p>
<p>ちなみにTVアニメでは「クレヨンしんちゃん」が一番好きです。<br />
う～～む。本郷みつる、あなどりがたし! 今度飲みに行きませう。</p>
<p>柳田氏の執念とこだわりにも、おそるべきものを感じ<img src="http://johakyu.net/img/masu.gif" width="18" height="19" alt="ます" /></p>
<p>公平さんの音楽もグーね。グー。役者もグーね。</p>
<p>原作の鶴田氏には、縁あって数度飲みましたが、感じたことは<br />
こりゃ「同じタイプのスタンド」だということです。つまりはマンガを読んだ時にピンときた、あの「似た者同士」ということですね。</p>
<p>何はともあれマンガかいて下さいね。続きをはやくね。<br />
縁がありましたら、いっしょにお仕事をしたいです。</p>
<p>――では。</p>
<p class="rt">by H.ANNO '92 5/14</p>

<p>P.S. 本郷さん、よびすてにして、すみません。柳田さん「ナディア」ではありがとうございました。</p>
<p class="rt">庵野秀明</p>

</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
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   <title>fukuoka page! interVIEW Vol.23</title>
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   <published>2008-07-15T14:53:33Z</published>
   <updated>2008-07-15T14:53:32Z</updated>
   
   <summary>シティ情報ふくおか No.455 より</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="88" label="<![CDATA[ラブ&amp;ポップ]]>" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      
      <![CDATA[
<blockquote>

<div class="small">
<p>既存のアニメの常識を覆す掟やぶりの展開、<br />
そして観るものに投げつけられた衝撃のラストとともに、<br />
今だに波紋を残し続ける「新世紀エヴァンゲリオン」。</p>
<p>が、その直後、今度は「ラブ &amp; ポップ」で実写の商業映画に進出。</p>
<p>常に意外性と斬新さで広く注目を集める<br />
異才・庵野秀明、その作品作りの根底にあるのは?</p>
</div>

<div class="small">
<p>　初の劇場用実写映画「ラブ &amp; ポップ」でのエピソードを尋ねると、</p>
</div>

<p>「もう、去年の夏なんで忘れちゃいましたね。初号終わったらもうフィルム見ないんですよ」</p>

<div class="small">
<p>と笑う庵野監督。神経質、凝り性、完璧主義…そんなイメージがあっただけに、結構意外で拍子抜けしてしまった。</p>
</div>

<p>「そんなに(自分は)ハードディスクの容量がないんで、終わったらクリーニングしていかないと、次のやつが入っていかないんですよ(笑)。今はもうインストールしなおしているところです。いつもその企画用に勉強なり、知識なり、自分の中に合わせて入れていくものなんで。だから『エヴァ』も“忘れてる”って言うと、“そりゃ忘れてるふりでしょ”って言われるんですけど、本当に忘れてるんですよ。そうしないと『ラブ &amp; ポップ』はできない」</p>

<div class="small">
<p>―でも「ラブ &amp; ポップ」のラストで、主人公が自問自答を繰り返すところなんか、「エヴァ」を想起する人は多いんじゃないでしょうか?</p>
</div>

<p>「まあ、同じ人間がやってますから。方法論の少なさが身につまされますね」</p>

<div class="small">
<p>―では、あれをやりたかったんじゃない?</p>
</div>

<p>「じゃないです。あれしかできなかったんです。情けない話です。本当は可能な限りやることは変えたい。世の中には、変わらないことをもって作家性ととらえることもありますけど、僕はそれだけはやりたくない。でもそこで己の限界がでてきて、その度に嫌だなァと思うんですけど」</p>

<div class="small">
<p>―でもファンは、庵野監督の作家性に期待しているのでは?</p>
</div>

<p>「あれは、買い被りですね(笑)。」</p>

<div class="small">
<p>―そういう作家論とか作品論については?</p>
</div>

<p>「感情的にはうっとうしいですね。僕と『エヴァ』も、僕と『ラブ &amp; ポップ』も全然別のものですから。両方とも僕がまとめ役になっているだけで。それに料理と同じで、皿に盛り付けて、客の前に出したら、コックの仕事は終わり。それを食うも食わないも、後はお客さんの自由ですから」</p>

<div class="small">
<p>―では庵野監督は、いつも違う料理を作っていきたい?</p>
</div>

<p>「できれば和・洋・中なんでも。和食を作ったら、次は洋食を作りたいですね。和食ばかりだと自分でも飽きてきちゃうんですよ。お客さんも飽きちゃうでしょ? また同じかァと。でもお客さんの中には、それを安心と感じる人もいる。同じ快感が得られるという…でも僕は快楽の反芻には興味がないんですよ」</p>

<div class="small">
<p>―それでは庵野監督らしさがでるのは、製作のどんな過程だと思いますか?</p>
</div>

<p>「自分らしさって、あんまり分からないんですよ(笑)。できれば消したいくらいです。そういうのなしに、ただ単に作品を面白くしたい。僕にとっては面白さが再優先で、自分を表現したいとかはあんまり考えてないんです。自分が言いたいことを言うというよりも、こう言ったら面白いだろうとか、お客さんが観た時のことを考えますね。まあ、一番の客って自分なんで、まずは自分が観ることを考える。第一、自分がうまいと思わない料理を出す料理人は、いないと思うんですよ。もちろん素材とかね値段とかに合わせてですけど。自分が面白いと思わない限り出せない。人様に物を出すというのは、そういうものだと思うんです。おまけにこれは人様からお金をもらって作ってるわけですから」</p>

<div class="small">
<p>―なるほど。ではさっきハードディスクをインストールしなおしているところだと言ってましたが、次はどんなものになりそうですか?</p>
</div>

<p>「(ちょっと間を置いて)アダルトビデオいいっすよ(笑)。あんまり観たことないんですけど、アダルトビデオの周辺にいる人、あそこにもいるんですけど(『ラブ &amp; ポップ』の撮影ドキュメンタリーを撮っているカンパニー松尾氏を指差しながら」、面白いんですよ(しみじみ)。今までにない世界ですよ。僕の周辺にいる友人、知人、仲間含めて、ああいう職種、いや人種の人には今回初めて触れたんで。そういう人たちを知るチャンスができたからには、この機を逃してなるものか、と。ここ数日いきなり引きずり込まれまして。何か一線越えたような気がするなァ(笑)。</p>

<div class="small">
<p>と、ここで「AVの血って、誰にでも流れてるんですよ。SEXって、生きる上で大前提じゃないですか」とカンパニー松尾。庵野、うなずきながら</p>
</div>

<p>「人の基本ですからね。でもみんな羞恥の部分を含めて隠蔽したがる。でも中には隠蔽を気にしない人がいるんですよ。それが本当にないのか、どこでなくなるのか…。いや～、面白いですよ」</p>

</blockquote>]]>
   </content>
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   <title>「ケロロ軍曹」 TVアニメ化速報</title>
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   <published>2008-06-05T16:56:38Z</published>
   <updated>2008-06-05T16:57:41Z</updated>
   
   <summary>月刊少年エース 2004年2月号 より</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="02-貞本義行 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="104" label="未分類" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<blockquote>
<h3>貞本先生からお祝いのコメント</h3>

<p>ケロロアニメ化おめでとうございます。ケロロは“子供と異世界人の触れ合い”という普遍的なテーマを題材にしているんで『ドラえもん』や『オバケのQ太郎』『怪物くん』みたいにたくさんの人達に長く愛される作品になるといいなと期待しています。僕も放送を楽しみにしています!</p>
</blockquote>]]>
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   <title>『写真(えいが)』の話に来ました。</title>
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   <published>2008-05-18T11:20:59Z</published>
   <updated>2008-08-06T19:03:29Z</updated>
   
   <summary>月刊アニメージュ 1997年1月号 より
庵野秀明×岡本喜八</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="92" label="岡本喜八" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="111" label="映画" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      <![CDATA[<p>『新世紀エヴァンゲリオン』劇場版公開決定記念、庵野氏が尊敬してやまない岡本喜八氏との対談。</p>]]>
      <![CDATA[<blockquote>
<div class="small">
<p>庵野秀明監督が「個人の人生観、フィルムの演出家としても正直、多大な影響も受けている」(LD「激動の昭和史・沖縄決戦」特別寄稿より)という、岡本喜八監督と、写真(映画)について、語り合った。場所は神奈川県・生田にある岡本監督の自宅。作り手同士でなければ語りあえない、写真の秘密の一端が、そこにあった。</p>
</div>

<h3>スクリーンについて。</h3>
<dl>
<dt>岡本</dt>
<dd><p>拝見しました、ビデオ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>お恥ずかしい限りです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>今朝もう一遍、結局2回見た。初めの見方が悪くて、最初の……。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>「エヴァンゲリオン」。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれを一番ケツから見ちゃった。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>じゃ、あの最終回ですね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>(参考資料に)“物議を醸した”と書いてあった。最初はよくわからなくて、のっけにあれを見ちゃったもので(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>すみません。お手間かけます。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれ、順番で見たら、面白かった。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ありがとうございます。さっきから汗が出っぱなしです。(既に緊張している)</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>「トップをねらえ!」のほうがわかりやすいね。2本目(最終話)がモノクロですね。あれは、多分あれが目立つようにだと思ったけど、最後の“オカエリナサイ”が。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕の世代は、モノクロからカラーの時代なんです。カラーのありがたみを今の人にもわかってもらおうと(笑)。あれは35のモノクロなんです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>僕はモノクロが好きで、半分近いんじゃないかしら、白黒(の作品)が。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>最近は、テレビのCMとかでもモノクロが増えてますね。ポスターにしても。何かハヤってますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それから、部分着色とかね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>パートカラーとかですね。きれいなフルカラーにみんな目が慣れちゃってるので、逆にめずらしいんでしょうね、今は。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>ただ、今、現像費が高いから、前は白黒用の現像液というのがちゃんと常時あったんだけど、今は、白黒の注文が入ってくると、新しく現像液をつくるから。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>カラーだと即日で現像できるんですけど、モノクロは、中1日くれといわれて、ちょっと難儀しましたが、スケジュール的に。ラッシュが、中1日じゃないと、上がってこなかったんですね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、あれは退色しないからね。時間がたつと、プリントは特に……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>赤くなっちゃいますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>全体がピンクになって、ピンク映画を撮ったんじゃなかったのにと思うのがあったりして(笑)。でも、ネガでも多少は退色していくから。</p>
<p>「肉弾」から4～5年後からは、カラーのほうがはるかにコストが安かった。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「肉弾」は、2度しか見てないんですよ。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>2度見れば、充分(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>やりきれなくて、見れないんですよ。見ててすごくつらくなるんです。そのかわり、2度しか見てないんですけど、鮮明に各カットとか覚えてます。切り返しのカットつなぎまで、多分、かなり正確に覚えているんじゃないかと思うんですけど、それぐらいインパクトがありました。逆に、「日本のいちばん長い日」とか「沖縄決戦」は何度も何度も見てるんですよ。一時期、絵コンテやっているときのBGVにしてまして、BGVのつもりが、ついそっちのほうを見て、ああ、3時間つぶしてしまったということになるんですが(笑)。</p>
<p>「沖縄決戦」は、僕が生涯で一番何度も見た映画なんです。のべ100回以上見てますね。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>どうしてそれだけ、気に入ってしまったんでしょうか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>生理的なものだと思うんです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>僕が(撮影に)行ったときは、真文仁から南というのは、まだ遺骨が散乱してて、一方、忠魂碑というか、各県の碑が競争するように建ってて、そんなものを建てるよりは、遺骨を集めた弔うのに金を使ったほうがいいと思ったけどね。だから、あそこの南自体は、じぶんが歩いているところも死体が埋まっているだろうという感じがあって、どうも、いやだったね。</p>
<p>　でも、庵野さんの絵なんか見ていると、人がいくらでも出せるから。うらやましい。(実写だと)1人いくらって、すぐ……。今ごろはエキストラは1日6800円なんだけど、当時はドルだった。金がないからっていうんで、沖縄ロケは19人か何かで、20人弱で行った。そうしたら、報道陣が20何人来たわけ。なんで報道陣のほうが多いんだっていうんで、頭に来た(笑)。結局、俳優さんがいないから、僕も出ちゃって、「海が見えませ～ん」という監視長の役をやった。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>ご自身でも出て。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>うん。人手不足で。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>そういうことで言うと、アニメは、描けばいいと。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、それなりに苦労があるんだろうけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あります。実写のほうがうらやましいというのはありますね。絵をやってたら実写にあこがれて、多分、実写をやってたら絵にあこがれると思います。結局、ないものねだりだと思いますけど。アニメは、カメラを動かせないんですよ。最近はCGがあって、それなりに楽になってますけど、それも、まだCGくささというのが残りますからね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>かなり苦労のあとが見えるんだけど、例えば影か何かで、カメラを動かさなくても、人がちゃんと動いたように見せるとか、シャドーか何かで。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>アニメだと、どうしてもフィックスがメインになっちゃいますね。あとは2次元的なパンやT・U等しかカメラは動かせないです。背動や回り込みは効率が悪いですね、アニメだと。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>テンポもいいし。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>テンポは岡本さんの影響を直撃してますね。あれこそアニメに向いていると思うんですけどね、あのテンポ。カットを割るときのおもしろさです。カットの内容じゃなくて、カットが切り替わる瞬間の快感というのが岡本さんの写真にはすごくあると思うんですけど。ですから、フィックスの情報量と、それが切り替わる瞬間ですね。上手にいた人物が下に入れ替わるときの、このシルエットの変化とか、特に、あんなスタンダードみたいな特長のないフレームの形だと、それぐらいしかないと思うんですよ。ナメの使い方にしてもすごくいいと思うんですけど。特にシネスコだと、あれができて、いいですよね。今シネスコがないのがすごく残念なんですけど。ビスタにしても、この中途半端なフレームが……、と思いますよ。スタンダードも嫌いなんですけど、ビスタも中途半端でいやなんです。やはり、写真はシネスコだと思うんですが。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>どうしようもないすき間を埋め方が、面白いね。例えば、ビスタサイズまではフルショットでもさまになるし、カウボーイサイズもさまになるんだけど、シネスコと来たら、フルショットで撮っても、カウボーイサイズでも、こっちに何か投げないと、絵にならない。でも、それを利用して、絵づくりが楽しくできる。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あと、シネスコになると、劇場で客が(画面のサイズに合わせて)首を振ってくれるじゃないですか。あれはテレビにはないと思うんですよ。だから、僕は、シネスコ以外は、映画のありがたみというか、写真に意味がないんじゃないかと思うんですけど。</p></dd>
</dl>

<h3>ロングショットについて</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt>
<dd><p>「血と砂」もいいです。「戦国野郎」もいいですし。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれのほうが西部劇風で。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ。「戦国野郎」、いいですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>助監督を15年たっぷりやったんだけど、大体、監督なんて教えてくれる義務もなければ、権利もないわけで、僕らは、飯を食いながらの雑談とか、移動するときのタクシーの中とか、そんなときに、ボソッボソッて雑談まじりに教えてくれる。そのときに、寄るときは思い切ってとことんまで寄ってけと。それから、引くときはとことんまで引けと。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>寄らば寄れ、引けば引け、ですね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>何かきっかけがあったほうが、ボンと行くときに1つのリズムになるから。たばこの灰を、ちょんと落とすだけでも、ボンと大ロングに持っていける。それは、何となく持っていくよりは、こうやったほうがいいというのを聞いてたので。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>実際、フィルムでは、どこまで引けるかが勝負ですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、結構、引きになってたんじゃないかな。僕らは、あれでもロングショットと言うけどね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>大ロングですよね。俯瞰大ロングとか。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>映画館と、ビデオ専門と、テレビ専門というのの違いはロングショットなのね。その前にクローズアップのフラッシュバックがあって、ボンと引くときなんかは、限度が(それぞれで違う)、例えば、感情はアップで出すんじゃなくて、ロングで出そうというときなんかは、かなり引かないとね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ロングは、どこまで引けるかだと思うんですよ。アニメの場合、その辺は便利なんです。ピュアな絵で表現できますから。ただ、その場合、嘘は描けないので、絵描きがうまくないと話にならないというのは出てきます。その辺は変わらないですよ。芝居のうまい下手が、役者によりけりなのと、絵描きのよりけりという違いですから。アニメだと、撮影部と役者を兼ねている仕事になりますね、アニメーターは。かなりきついと思うんですが、その分、楽しいと思うんです。カメラマンと役者と絵描きまで兼ねていますから。</p></dd>
</dl>

<h3>カット割りのテンポについて。</h3>

<dl>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ああいうカット割りのテンポとかって、生理的なものなんですか? 勘で切るとか、もうここで切ろうと回しているときに決めているとか。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>まあ、回しているときに決まっている。最低は2コマなんだけど、でも、最低、まばたきひとつがパチャで8コマ。だから、8コマは大事にしないとだめかなあと思うんだけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>8か7って聞いたんですけど。確認させないで残すには6。何かをわからすためには最低9コマ必要だと聞いてますが。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>僕は4刻み。8ビートじゃないけど、8だと思う。ちょっと目の大きい人のパチクリは12コマとかね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>4と7。2でも、絵だと残っちゃうんですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>2コマが、サブリミナル効果?</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あれは嘘だと思いますけど。アニメだと、絵なので、情報量が限られているんですよ。だから、見慣れた絵だと、2コマでも十分印象に残っちゃうんですね。動きがあると7ぐらいです。止め画だと、3コマでも、たるいような気がしちゃいます。1だとさすがにわからないですけど、2もあれば十分です。セル面積の多い止め画の場合ですが。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>だあら、走るときは8コマ使うのかな、8歩。歩きは大体4歩で十分という感じがあって。だから、4歩に決めちゃうと、あとは、ちょっと崩すと、奇数使っていると、ちょっとあわてているなとか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>戦闘シーンになると、7とか出ちゃうんですけど。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>中途半端のほうがいいと思うね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>インサートで7コマ。実際には12ぐらいフィルムを撮って、カッティングのときに、3を落とすとか、6か5落としちゃうんですけどね。アニメの場合は、絵で決めちゃってますから、ここで切るだろうなみたいなところで。AC(アクションカット)以外は、ほとんど。あと、セリフのテンポとか、そういうリズムしかないんですけどね、切るときに。僕は、20分切るのに、12時間ぐらいかけちゃうんですけど。一番長いのは24時間ぐらい、2日にかけて。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>大体僕の場合は、編集でもらえる時間が4日ぐらいしかないんだけど、同じ4日もらって、去年、「EAST MEETS WEST」の編集をやったら、どうも、全体的に僕のテンポじゃない。それは、結局、その後でわかったんだけど、脳梗塞があって、去年の2月ごろから、ちょっとおかしかった。もし病気だとわかってたら、もう1日か2日もらって、推敲を何度も何度もやるのをもう1回り、2回りやっておけば、今のテンポになると思うけど。だから、気になってしょうがなくて、この春、編集をやり直したの。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>そのぐらい、気になるものなんですね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それだけ、自分のテンポが出ないのね。そんなはずじゃないと。だから、そのときに1時間44分40秒に詰まったんですよ。最初やったのは2時間3分。それがそれだけ縮まった。それだけ縮めたら、見違えるようになった。ああ、おれのテンポだと。今度、テレビ朝日で放映するときには、短いやつが出ると思うんだけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>じゃ、そっちのほうを期待してます。正直、年をとられたのかなと思ったんですけど(笑)。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>年もそうだけど、アメリカへ行くと、割と悠々としちゃうところがあってね。年のせいも多分にあるだろう。でも、年は、テンポの場合はあまり関係ないと思うけどね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>リズムですからね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>だから、性格的にちょっと短気なところがあるんだけど、例えばワンシーンを、たまに3分か4分のシーンをワンカットで撮るときなんかは、イライラの限度で切っちゃう、前後は。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕も、カット尻、必ず切っちゃうんですよ、閉じ口3コマというやつなんですが。だから、セリフ切りになっちゃいますね。かなりタイトな形になってしまうんですけど。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、セリフが終わったところでパッとやると、それは、パッパッとならない。1コマか2コマだけちょっと入れると、随分パキッてなっちゃう、こうなっちゃうんだけど、例えば「何? 織田信長?」と言ったのを、「ガ」いっぱいで切っちゃうと、「オダノブナ?」と。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>残りが切れないですね。少し残して切る。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>ほんの1コマか2コマ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>役者の口が閉じて、それで、パッと切る感じなんですかね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>というよりは、音のあれを、信長の「ガ」が終わって、ほんの1コマか2個まで、こういう感じになると思うんだけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>セリフの終わりと同時にポンとシーンが変わるとか、ああいうのはすごく気持ちいいんです、見てて。そういうのを教えていただいたのは、岡本監督のフィルムなんです。岡本監督の写真で、体にしみついてしまったものだと思うんですけど。それは結局マネでしかなくて、見られて、恥ずかしくてしようがないです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それは正しいと思うんです。長年いじくってないと、そういう感じは出ないですよ。根本的に、自分が楽しまなければ、お客も楽しまないと思う。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ、そう思います。</p></dd>
</dl>

<h3>登場人物のリアクションについて。</h3>

<dl>
<dt>岡本</dt>
<dd><p>だから、自分が気持ちいいことをやっておけば……、芝居のリアクションが要るところは、お客が見たいほうに、ということだからね。アタックしているほうがいれば、その受けのディフェンス側はどんな顔しているんだろうとお客は思うだろうと(考える)。だからリアクションを入れるんだけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>必ずといっていいほど、リアクションが入っていますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>だから、40～50カットの場合、(アタックと、ディフェンスまたはリアクションで)真半分に割っちゃって撮ってる。それは今の若い人には難しいって言うけど、一番楽だと思う、覚えておけばね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「ブルークリスマス」もいいんですよ。あれ、リアクションが必ず入ってますね。オフ台詞がないというのがよかったんです。フィックスの長回しじゃなくて、必ず切り返しの、オンで行ってますよね。あれがカッコいいっス。どんな小さいリアクションでも、セリフの受けを必ず入れますよね。(手振り入れながら)オッという仲代さんのこういうのも入ってて、あの細かさが徹底してて、よかったです。必ず、何かあったら「はい」っていう返事が入ってますね。「はい」というので切るとか、すごく好きなんです。僕も、コンテとか切っていると必ずそこまで入れてしまうんです。スタッフからは、ちょっとしつこい、と言われるんですけど。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、ビデオを拝見してて、親近感というか(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ありがとうございます。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それはあったから。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「一番好きな監督はどなたか」と言われたら、考える間もなく「岡本喜八」と言ってしまうんですけど。
(もう調子に乗ってる)</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>どうも恐縮で。</p>
<p>　でも、リアクションなしのやつは、たまに見るんだけど、やっぱり延々と続くと、見たいな、見たいな、(相手は)どんな顔してるんだろうと思うと、頭痛くなってくる。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>最近は、(そんなことを)客に考えさせるいうふうに行ってしまったんですけどね。これまでちょっと親切に見せすぎたかなと。意図的に見せない方法も、ちょっと考えて。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>長回ししていると、それしか手がないものね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>それにもそろそろ飽きてきて、何か新しいものがないかあと思うんですけど。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>最近の新しさっていうのは、シーンの中でも「飛ぶ」ってことかなあ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>段取り抜きですよね。あの飛び方の気持ちよさというのはあると思うんですけど。情報操作に近いと思うんですけどね。客に見せるものを決めてて、これだけあれば十分という。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>お客のほうが、撮る側より進んでいるからね。だから、かなり飛べるような気がする。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>テレビのおかげで、みんな映像を見慣れてますから、そういうのについていけると思うんですよ。だから、新しい文法が出てくるとは思うんですが、逆に今、ヌーベル・バーグとかに戻ってますね。一周しちゃったのかもしれませんが。</p></dd>
</dl>

<h3>目線について。</h3>

<dl>
<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれなんかどうなのかな、目線とかの問題。最近、目線を全然……(気にしていないと思えるときがある)。逆に、意識的にとしか思えないんだけど、目線をそっぽ向かせちゃう。本当はこっち側に置くべき目線を、こっちへ持ってきたりなんかして。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕も、目線は大事だと思います。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>だから、アレッと、お客側としては突っかかると思うんだ、多かれ少なかれ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>アニメの場合は、目線をあまり意識しない芝居や演出が多いみたいです。キャラクターデザインがその理由のひとつでもあると思うんですけど。キャラの眼のデザインで、寄り眼がスタンダードだったり、眼のディテールを強調していたりしたら、目線の芝居はちょっとつけづらいですね。</p>
<p>　ただ、ウチ(エヴァンゲリオン)のキャラは目線芝居が比較的可能なデザインなので、その辺はこだわってやってました。キャラクターがそのショットでどこを見ているのか、それ以前に、果たして客に眼を見せるかどうかという、ですね。基本的なことだからこそ大事だと考えています。だから絵コンテに「目線こっち」とか、割と指示を入れてます。僕も岡本監督の影響で、カメラ目線がやたらと多いんですよ。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>できるだけ近場に(目線がいく)ね。でも、方向としては、AがBを見てしゃべっているとか、BがAにリアクションの目を返すとか、そういうふうにしないと……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕の場合、正面のカメラ目線が多くて、絵描きには嫌われるんですけど。絵で描くと正面って描きづらいので、なかなか絵にならないんです。しかし目線があっち見ていると、芝居として難しくて。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>目線が近いやつのほうが、力があるね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ、そうなんです。あれ、エネルギーがあって、いいですよ。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれは、横からやると……。2カメでやるときなんかは、かなり横から片一方は厳しくやっておいて、片一方はルーズなのが、テレビによくあるけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>半面と正面の切り返しは、あまり好きじゃないんですよ。やっぱり、正面、正面の、カメラ目線同士の切り返しで、そのキャラクターの眼の位置をフレーミングでうまく見せるということですね。枝と、どうしても平面的なものなので、情報として限られちゃうんです。客が、そのカットが切り替わった瞬間、何かを探すかというと、顔が映っていたら、まず眼だと思います。その眼がどういう状態化ということを見せたら、もう切っちゃっていいと思うんです。止まった絵のほうが多いので、テレビ(アニメ)とか。そういう方法論で行くべきだと僕は思うんですけど。だから、目の芝居は大変大事だと思うんですけども、なんかおざなりですよね。</p>
<p>　意図的にそういうのをやってれば、まだいいんですけど、どうも見ていると、気がついてないんじゃないかと思います。気にしてないというか。そういうのは、見てて、ちょっとイラつくものがありますが。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それに、アニメの人物というのは、目が大きいから。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あれは、いろいろ物理的な理由があって。目を大きくする、記号的にキャラを処理していかないと、いろんな人に描けない絵になってしまうんです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>でも、目で芝居ができるものね、黒目の位置か何かで。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ。でも、絵は絵でしかなくなってしまいますので、そういうのでシリアスな芝居をやるのも、ある一定のものを超えると道化にしかならないというリスクもありますから、難しいところですね、キャラクターデザインは。</p></dd>
</dl>

<h3>監督の仕事。</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt>
<dd><p>若い人でも、まだ現場に志のある人が残ってはいますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>今でもね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ。若干ですけど、そこに期待するしかないと思うんです。アニメーションのほうもまだ残っていますし、あと、実写のほうも、この間、「ガメラ」という……。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>大映の。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ。特技をやっている樋口君が友だちなんですが、彼のスタッフも大変な現場だったんですけど、やる気だけでがんばってます。そういうところはまだ映画にも残っていると思うんですが、メディアとしては、もう下火になっちゃってますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>本数自体が、監督になった昭和33年がピークだったからね。当時は、1年に3本ぐらい撮ってたからね。最近みたいに4年に1本みたいになると、こういうことを言いたい、ああいうことも言いたい。それで尺が長くなったりして。</p>
<p>　でも、おれは映画は娯楽だと思っている(と同時に)、一言だけども何か言わせてよというのでやっているから。「大誘拐」なんてやろうと思ったのは、原作もかなり面白いんだけど、一言、ラストのほうで、誘拐されたおばあさんが、「お国って、私にとって何やったんやろう」とつぶやくんだけど、それだけ言いたいために撮ったようなものだから。</p>
<p>　それがわからなくても、全体が面白ければいいと思うしね。後でわかる。そのときに、こうだよ、こうだよと言われちゃうと、反発したくなるから。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕もそうです(笑)。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>テーマの押し出し方で一番いいのは、そうだと思う。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>偽善的なやつって、ダメなんですよ。嘘つけ、と思っちゃいます(笑)。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>監督というのは、言いたいことと、やりたいこととあって、それがやり切れたとは思わないけど、それにある程度挑戦したというのは、「江分利満氏の優雅な生活」、よしあしじゃなくて一番好きな映画だけど。でも、会社は一番嫌いだったのね(笑)。もう真っ青になって怒ったからね。「おまえには本は書かせない」と。今まで企画が上ってたやつは棚上げ。その反動で「肉弾」を書いたわけ。何も話が決まってなくて、それでもなおかつ書きたくて、20日ぐらいで書いちゃった。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>20日ですから(感心)。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>一気に書いちゃった。「江分利満氏」の後の、会社から申し渡されたことに頭に来たから。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>映画監督と映画会社の戦いというのは、作品をつくるのと同じぐらい、いろいろ大変なんですね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>そう。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>どこでもあると思います、全部自分で金を出さない限り。アメリカとかに比べれば、まだ楽だと思いますけど。編集権が監督にありますからね。アメリカはプロデューサーが持っている。最終的に「切れ」と来ますからね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>そう、全部金を出している……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>お金を出している人たちが一番強いですからね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>僕らも多少なりとも出しておけば、編集権でもめることないもんね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>編集だけは譲れないですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>そう。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>最後の仕上げですから。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>ネガを持ってって、自分の家のロッカーに入れちゃったりして。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕もハサミは自分で入れちゃうタイプですね。仕上げはひとりでやることが多かったです。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>コンテができていると、粗編だけは(頼んでも)できるんだけど、さっきの話の2コマとか8コマの問題になると、僕らが手をつけないと、自分のリズムが……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>アニメの場合は、ときどき絵がないまま切らなければいけないというのがありますから、それは自分の責任なんですけどやっぱりツライですね。自分もかかるし。ただ、後でセルの無駄が減るので、そこだけはいいですね(笑)。でも、編集は面白いと思うんです。要らないカットがあると、こっちに持ってきたり、カットの順番入れ替えたり、そこでの試行錯誤が、最後の段階で面白い。また、2コマ落とす落とさないで、全然変わりますから。</p></dd>
</dl>

<h3>絵コンテに決め込む。</h3>

<dl>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「幽霊列車」もよかったです。上映会で見たんですが。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>あれは楽しんでやった。あれ、助監督ミスで、一日で140～150カット撮ったことがあった。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>それはすごい。1日150カットですか!</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>コンテはちゃんと描いてあるから、そんなに苦労じゃないけど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>確かに、現場で右往左往したら撮れないですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>現場で、民主主義でやってたら、とても……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>それは無理です。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>ところが、新人でそういう人がいるから、困っちゃうね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あれは、僕はどうかなと思うんですけどね。映画は、合議制はあり得ないと思うんですよね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>(監督は)独裁者でなければね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あれは専制君主だと思うんですよ。誰かが決めてかかってやらないと何も前に進まないのと、あとは、個性が出ないと思うんですけどね。</p>
<p>　アニメの場合は、絵コンテという設計図を最初につくってしまったら、その設計図どおりにシステムができ上がっているので、その辺は意思統一しやすいんですけど、逆に監督の仕事は、絵コンテを決め込んでしまったら、もう終わりみたいなイメージもありますね。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>そういえば(「トップをねらえ!」や「エヴァンゲリオン」の最終話で)、白黒のところがあったんだけど、フラッシュバックのところ、あれはちょっと効果的だったけど、いわゆる素描みたいな絵を、まんんま使っているようなところがあったけど。(絵コンテには)あの程度、描いちゃうのかしら。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>描き込んでしまいます。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>うん。あの素描は面白いね。逆に、動きを感じたりなんかしてね。</p></dd>
</dl>

<h3>アニメと実写。</h3>

<dl>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>……どっちもどっちなんだけど、実写が最高じゃなくて、アニメのほうがかなりこの辺は優位だよというのが絶対にあり得ると思うし。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>アニメーションの監督の中には、実写に対するあこがれというか、グチも多いんですよ。ただ、実写の映像をセルの絵に置き換えてスライドさせてるだけだんですね。アニメを実写に近づけたいだけじゃないかと。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>それは、そんなこと考えないほうがいいんじゃないかな。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうなんです。それは、見てて、つらいものがあります。</p></dd>

<dt>岡本</dt>
<dd><p>で、お互いに限界はあるしね。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>岡本さんのつなぎのリズムとか、アニメーションも、みんなちゃんと参考にすればいいのにという話をされていましたね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>アニメって、止めの世界でもあるわけです。止めの世界から止めの世界に変わる瞬間っていうのに快感を求めるのが、一番効率いいと思うんですよ。カットがわりとか、そういうところ。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>岡本さんの映画を見てて。その心地よさを感じたと。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ。テレビだと(30分でおおむね動画枚数が)3500枚という制約があるわけです。だから、(満足には)動かせないですよ。だったら、動かせない中でどこに映像としての効率のよさを求めるかといったら、カットがわりにあると思うんです。</p></dd>

<dt>AM</dt>
<dd><p>そのカットがわりの気持ちよさという点では、岡本さんの映画って、すごく気持ちいいですよね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>すっごく、気持ちいいです。フィルムという快楽の一つの極みですね。</p></dd>
</dl>

<div class="small">
<p class="rt">了</p>
</div>


<div class="small">
<p>●この対談は96年10月16日(水)、神奈川県川崎市生田区にある、岡本監督の自宅にて行われた。</p>
</div>


</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
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   <title>『テックス・エイヴリー 笑いのテロリスト』 チラシ寄稿</title>
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   <published>2008-03-10T12:52:55Z</published>
   <updated>2008-03-10T12:52:51Z</updated>
   
   <summary>『テックス・エイヴリー 笑いのテロリスト』 チラシ より</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="111" label="映画" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      
      <![CDATA[<blockquote>
<p>私にとって米国アニメといえば、ディズニーではなくフライシャー、<br />
旧トムとジェリー、そして、テックス・エイヴリーです。</p>
<p>自分の子供時代と学生時代は、これらと共にありました。<br />
まずは、必見!</p>
<p>庵野秀明 [映像作家]</p>
</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
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   <title>『「ふしぎの海のナディア」 ボーカル・コレクション』 寄稿</title>
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   <published>2008-03-05T10:53:46Z</published>
   <updated>2008-03-05T12:50:49Z</updated>
   
   <summary>「ふしぎの海のナディア」 ボーカル・コレクション より</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
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   <category term="80" label="ナディア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      <![CDATA[<p>ちょっと“らしくない”感じもする。色々邪推できそう(笑)。</p>]]>
      <![CDATA[<blockquote>
<h3>一体、ナディアは何を考えて生きているのでしょうか? ――――総監督 庵野秀明</h3>

<p>　正直なところ、全くそう思う (情けないけど)。</p>
<p>　それは「ナディア」という作品を、日々悪化する製作状況や、その時々の自分自身のプライベートな心境の変化やその場のノリ、その他の諸々の外枠に合せ、ほとんど描き送りに等しい状態を作っていったために生まれた大きなヒズミ。その直撃を受けたキャラクターが、主人公であるナディア嬢だったからなのだろう。</p>
<p>　彼女は所謂主人公ではなく、この作品に描かれている大人の世界を客観視する視聴者の代表の一人として、そこに存在しているからで、主人公としての枷がなく、フレキシブルなキャラクターになりえたからです。</p>
<p>　それ故に中学生くらいの時の自分自身を基本モデルとして、色々な女の子(実像も虚像も含む)のイメージを自分の感性のみを頼りに手探りで造り出していったのだが、これがまたまるで統一性がなく、言うこと為すこと自己中心的(わがまま)で支離滅裂に成長してしまった。それもまた人としてリアルで (理屈で作られていないからか?) 面白いのだが、あまりにかわいそうなので救ってやりたいと思ってしまう。</p>
<p>　せめて過去や親父や、彼女が受け継いでいる血から、開放されて前向きに生きてもらいたいし、そのために彼女が憧れやその力を信じていない、恋愛なるものを体験して欲しいと願った。それも本当の恋愛である。</p>
<p>　一度でも本物の恋愛を経験できることは人生の宝だと思うし、失恋とは人生最大の逆境だと思う。</p>
<p>　そして、恋愛が成就するなど (数十年の人生のうちに何十億という人間のたった一人の異性を選び、その人がまた自分を選ぶなんて事の確立を考えれば) これはもう奇蹟 (もちろんこの奇蹟は自分の力で起こすものだが) だと思う。この奇蹟があれば彼女も変革を起こすだろう――と考えてた所で大きな疑問が自分の頭の仲にもたげてきた。</p>
<p>　果たして、ナディアは本当にジャンを<br />
　好き<br />
　なのだろうか?――と。</p>
<p>　ジャンの場合は、彼女に恋愛 (それも一目惚れで無償の愛) をしてもらうしかなかった。これは物語(ストーリー)の都合上、彼に運命づけられたことなので仕方ないことだ。</p>
<p>　しかし、彼女は違う。その必要がないからだ。彼女とジャンがどうなろうと主(メイン)の物語に支障はない。だが、彼女はジャンを好きになってくれるはずだ。それは私にとってこの作品は、ある女性に対する実にプライベートな恋心が大きな理由で引き受けた仕事であるからだ。それも今は、ずいぶんと変化してしまっているが。けれどもその初心を含んでくれると信じていたい。ただ、前のビデオ作品の焼き直しに終わることなく…。</p>
<p>P.S.<br />
　――とは言ってもしょせんは男の目から見たプラトニックな恋愛でしかないため、その表現は残念ながら力不足で充分でなかったと思い知り／(ナディアもしょせんは男がつくった女性像でしかない)。</p>
<p>　しかし、この次こそは…もっと―――!!</p>

<p class="rt">'91年1月17日</p>
</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>国家の風景と現在</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://johakyu.net/lib/2008/02/2008-02-24-000797.php" />
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   <published>2008-02-24T12:59:58Z</published>
   <updated>2008-02-24T13:01:09Z</updated>
   
   <summary>ユリイカ 2000年1月号
大島渚×庵野秀明</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="71" label="エヴァ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="88" label="<![CDATA[ラブ&amp;ポップ]]>" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="111" label="映画" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      <![CDATA[<p>ユリイカの「大島渚 2000」という特集に掲載された対談。後の『式日』の構想が少し出てくる。</p>]]>
      <![CDATA[<blockquote>
<h3>『ご法度』をめぐって</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt><dd><p>『ご法度』、早速拝見しました。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>ありがとうございます。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>見たのがイマジカだったのもありますが、音も画もすごく良かったですね。美術もモノトーンで統一されてて。「やられたーっ」という感じでした。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>そんなことないですよ(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>うちの親父と大島さん、あんまり歳が変わらないんですよ。どちらも昭和ヒトけたで、だから「親父に負けた」っていう感じがして、悔しかったです。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>いやいや、そんなことありません、ほんとに。僕は庵野さんみたいな新しい仕事をしてらっしゃる方にそういわれるのは、恐縮というか……。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>いや、いいものはいいと思うんですよ、駄目なものは駄目というしかないんで。衣装なんかも良かったですね。黒をベースにした、ナチスっぽいの。新選組というと、どうしてもあのダンダラと誠の一文字になっちゃうんですけど……。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>いやでしょう。僕はあれはいやだというところから始まったんです。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>あれがない新撰組というのがすごく良かったです。で、雪の白とお寺の瓦の黒と、ほとんど白と黒で構成されてて。あと殺陣、音も良かったですね。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>音は良かったですね。あれは三種類くらいの音を混ぜてるんです。よくやってくれました。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>鍔のカキーンっていう音、あれが妙にリアルで。実際にはこんな音はしないんだろうなと思いながら、ビクッとする音がありましたね。木刀のぶつかる音とかも良かったですね。あそこの木刀で稽古しているシーンは、コマ落としてるんですか。二十四であれだったら凄い、二十二くらいかと思ったんですけど、コマを落とさずあのスピード感だったら凄いなと思いました。けっこう危なげでよかったですね(笑)。あのスピードでぶつかったらあれは本当に痛いだろうなとか(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>よくあいつら平気でやってるなと思いましたよ(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt><dd><p>浅野さんとかけっこう本気でやってたでしょう。あのリアリティは最近殺陣になくなっちゃってて、緊張感があって良かったですね。</p></dd>

<dt>大島</dt><dd><p>ひとり初めての龍平という奴が入ったからね。わりあいそういうことを平気でやるんだね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あとビートたけしさんも良かったですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>やっぱりいっぺん死にかけてるからね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕、死にかけた後のたけしさんて好きなんですよ。『キッズ・リターン』も良かったし。憑き物が落ちてるかんじがして、全然焦りがなくて。あの芝居もよかった。</p>
<p>　僕、新撰組好きなんですよ。『燃えよ剣』のファンなんです。本物がどういう人だったかは知らないんですけど、司馬遼太郎が作った『燃えよ剣』の土方が好きで。そのイメージとすごく重なってて良かったです。キャスティングは本当に良かったですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>これはまあみんな褒めてくれるんだけど……他の人が褒めても絶対に嬉しくないけど、あなたに褒めてもらうと嬉しいね(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>邦画のいい悪いというのは、キャスティングでほとんど決まると思います。役者七割。それを活かすのも殺すのも、あとはスタッフと監督なんだと思います。キャスティングでだいたい日本映画は決まっちゃうと思うんですが、『御法度』のキャスティングはベストだと思います、ベターではなく。松田くんも良かったですよ、メイクもいいんですけど、最初出てきたとき、女だと思いました。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>ロケを見に来た連中もね、半分以上の人が「女に見える」っていいましたね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ファースト・カットで女に見えて、その瞬間、「やられた!」と思いました。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>途中で一回、あの役には女を使おうかなと思ったことがあるんですよ。結果的にはそうしなくて良かったんだけれど。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ええ、女だったら、また別のものになっちゃったと思います。あの最終シーンのセットはどこなんですか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>京都の松竹です。小さいところでね、同じところをあっち向いたりこっち向いたりして使い回してるんです(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>それは何となくわかりましたが(笑)、でも雰囲気がうまく出てましたね。ずーっとモノトーンでやってたのが、あそこでブルーになる。幻想的な雰囲気が出てて良かったですね。それまでロケでリアルなかんじがしてたんですけど、ラストシーンだけポンとセットに飛んで、照明も人工的で、作り物っぽくなるのが良かったですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>他のところは脱色してるんだけど、あのシーンだけそのままなんです。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>キャメラも良かったですね。あれほとんどステディなんですか、道場のところなんかは。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>いや、ステディカムはほとんど使っていませんね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕なんかは飽きっぽいので、すぐカット切っちゃうんですよ。あと、役者の芝居にそんなに期待していない部分もあったりして、素人に近い女の子を使って、長回しを止めてパッパと切っちゃおうとしちゃうんですけど、最近じっくりじわーっと見せるというのが羨ましいですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>いや、つまりね、役者は下手でも我慢して長回ししなきゃ駄目なの(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>どうもそこをつい切っちゃうんですよね(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕なんかそれ切れないから、雰囲気が出てきちゃうんだよね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そこで辛抱しなきゃ(笑)、と。辛抱して、押さえも撮らずにこれだけに賭けようという勢いがまだないんですね。まだアニメの方が長いんで、なかなかそこまで踏み込めないんです。次やるときはそれをやろうと思います。</p></dd>
</dl>

<h3>モチヴェーションは何処に?</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt>
<dd><p>自分の話で恐縮なんですけど、最近ちょっとモチヴェーションがなくなってきちゃったんです、映画を作るということに。作りたいという意志はあるんですけど、何を作ったら良いかというのがわからなくなってるんです。</p>
<p>　僕は昭和三十五年の生まれなんですけど、それから後の世代に共通する問題だと思うんで、あえて「僕ら」といいますけど、僕らにはロクな共通体験というのがないんです。基盤となる世間というのがなくて、あるとしたらテレビなんですね。テレビと漫画と雑誌くらいしかなかったんです。今の八〇年代以降の人は、それにプラス、ゲームですね。「ドラゴンクエスト」をやったかやらないかというのが共通体験になる。僕らの場合は、ドリフを見たか見ないか、「仮面ライダー」を見たか見ないかというのが共通言語になってて、基盤がすご脆弱なんですよ。共産主義というものを知らない、もちろん戦争も戦後も知らない、連合赤軍とかも知らなくて、知ってるのは高度成長の勢いとそれが破綻するさま、あとは政治に対する不信とかですね。とにかく、世間で大丈夫といわれてたものが、ドルショックだの石油ショックだの公害などで数年もしないうちにすべて崩壊していくさまを見てて、日本経済の基盤というのも大したことないんじゃないかと。現実と空想の部分との差というのもなくなってきてる。大島監督の六〇年代の作品を観ると、空想と現実の交差というのが出てきますが、そのころ子供だった僕らは、そのころ本当に空想と現実というのが交差してたわけです。子供のころはウルトラマンというのが本当にいるんじゃないか、あるいはいるというイメージを持ってたりしたんですね、怪獣がこの街を壊してくれたら面白いだろうなとか。そういう部分で育ってるので、現実感というのが基盤にないんですね、土着という意識ももうなくなっちゃっている。そういう呪縛から逃れられないんじゃないかという恐怖がですね、僕もうすぐ四〇なんですけど、四〇前にして、ひしひしと来ているという感じがしているんです。で、大島監督のモチヴェーションというのはいったいどこから来てるんだろうかと思ったんです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕らなんかもね、六〇年代が終わってみると、それまで現実だと思ってたものが全部崩壊して、それが崩壊して行くと同時に、僕らがもってた夢も崩壊するんですね。僕は七十二年に、自分がもっていたプロダクションを解散して、一人になってまたやり直そうということで、それから『愛のコリーダ』になって、それからテーマが全部過去になるんですね。要するに、現実をテーマにして何かやろうというんじゃなくなって、全部題材が過去になるんです。そのことが現在まで続いているんですけど、まだこの次もちょっと現実をやろうという気がないんで、どうしようかなと、思ってるところなんですけど(笑)。そういう意味では、あなたのことなんかは外から見てると、アニメという全然違うところへひとつの新しい現実のようなものを作ってるんじゃないかと思って、それがすごく羨ましいというか、どうすればああいうふうになれるんだろうというのがあるんですね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>それは、現実からの逃避が日常と化しているからできているんじゃないでしょうか(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>ああ、もう日常になってるわけですね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>常日頃から空想がベースになってますからね。アニメはもう全部作りごとの世界ですから。イメージの世界で全部構成されてるんで、その中に現実は何ひとつないんですよ。現実を置き換えたものがそこにあるだけで、それ自体は現実ではないんです。でも、芝居とか映画はそこに現実を作ることが可能だと思うんですよ。少なくとも、今ここに35を立てれば、ここにあるものは現実になりますから。アニメの場合はそれがないんですよね。それすらもイメージしなきゃいけない。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、実際に写したら、それはつまんないでしょ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>いや、面白いところをロケーションして切り取りたいとは思うんですけど……。僕は現代の日本にこだわりたいんです。戦後も何も僕らにはないので、今しかないんですよ。ロクな過去が僕らの原体験にないので、過去をベースにしても、より希薄になるだけなんです。かといって未来を描くほど、楽観主義じゃない。未来をやると、今は必ず悲観的にしかならないので。だとすると、目の前にあるものと向かい合いたいんですけど、そうすると、何もない自分というのが浮き彫りになって、戸惑うばかりなんです。『エヴァンゲリオン』の場合は、何もないというのを提示しちゃったんで、今度はその先の、何もないからどうすればいいのか、というのをやらなくちゃいけないんですけど、それはなかなか見つからなくて、立ち往生してるんです。そういうときに『御法度』を観るとですね、「わっ、おやじは頑張ってるのに……」。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>という感じがして追い詰められるんです。出口がなかなか見つかりません。それは僕らに共通するところだと思います。今の四〇くらいの人以降は、全共闘も安保もないですから、それをテレビで見てて、否定的な気分、「やっても仕方がない」といういわゆるシラケのムードが根付いちゃってますよね。そういう子供のころから閉塞しちゃってる自分たちは、どうすれば先にいけるんだろうか、これからもずーっと付きまとうんじゃないかと思います。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そういうふうに問題を付きつけられると、僕なんか何を拠りどころに仕事をしてるんだろうとあらためて考え直さざるをえなくなってしまいますね。でも結局拠りどころがないと、もの作りにはならないんで、やっぱり何かを拠りどころにしてるんでしょうね。それが例えば『御法度』の場合は何であったかというと、また自分で考え直すわけだけど……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>わかりやすい拠りどころが僕らにはないんです。戦中派の方は、いわゆる神風特攻隊の遺恨というんですか、同期は死んで、自分は生き残ってる、その生き残ってる自分は、彼らの分まで何かしなきゃならないと絶対的なモチヴェーションがあると思うんですよ。あと、国家だとか資本主義というものに逆らうとか、反米とかですね、ものすごいエネルギーに近いモチヴェーションをもってますよね。それすらもない自分たちはどうすればいいんだろうと思ってしまうんです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、僕なんかにいわすと、戦中派の連中は、そこのところで何かに嘘をついてきたという気がするんです。僕らは嘘はつきたくなかったんで、そこのところが一番難しいんじゃないかという気がしますね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>国家というものが関係してくるんですかね。六〇年代から七〇年代のあのへんの映画って、かならず……。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>国家ですね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>国家を扱ってましたね。国というものが、自分に何をしてくれるのかとか、そういうのが必ずテーマになってましたけど、今は日本映画って個人の話しかないと思うんです。自分が明日幸せに生きるにはどうしたらいいんだろうという。身近なんだけど、見方によってはせせこましい。本来だったらそれくらい自分で何とかできるでしょうという話のレヴェルまで映画が落ちていって、いってみれば、明日自分はどうすればいいのかというのを映画で見つけるような、そういう時代になってきてるんじゃないかと思うんです。そういう身近なものは映画以外のところにあると思うし、映画がそこまでする必要はない、映画というメディアはもっと大きなものを扱った方がいいと思うんですけど、それはメディアが不特定多数で大きいからですが、そういうのはテレビとか本でやってよという気もあるんですね。映画というのは、わざわざ映画館に行かなきゃいけないイヴェントですから、そういうものを扱うようなハコではないと思うんですけど、でももうそこまで行っちゃってる気がするんですよ。</p>
<p>　で、『御法度』なんかはそういうところをふっ飛ばしてて、羨ましいなと(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>まあ、ふっ飛ばさないと、仕事にならないからそうするわけですけどね。まあ、僕なんかからすると、何ら羨ましがられるところはないんであって、こっちは本当に悪戦苦闘してるんで。こちらから見ると、庵野さんなんかはもっと楽々としてやってるように見えてしょうがないけどね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>現場は目茶苦茶ですけどね。楽してできる映画は僕はないと思います。どこまで限られた時間でできるかというのが勝負どころだと思いますね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>映画は目茶苦茶だという、その目茶苦茶に頑張るというエネルギーはあるわけでしょ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>現場はもう刹那に、このカットとこのカットどうすればいいという物理的なところに使われちゃいますけど、今はもっとメンタルなところですね。撮りたいものと、撮るべきだというものが重ならないと、なかなか一年二年モチヴェーションが続かないんですよ。撮りたいものというのは、新しい撮りたいものができちゃったら、その場で興味がなくなってしまうんで、それを持続するために、これは撮るべきだという意味合いみたいなものがないと、続かないんですよね、自分の中では。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>それは贅沢だね(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>贅沢ですね(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>撮るべきだというほどのものはなかなかないんですよ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕は飽きっぽいのか、なかなか続かないんですよ。二年半が限度なんですよ、ひとつの作品を続けるのは。それ以上行くと、世の中も変わってしまうし、スタッフも疲労してしまうんです。一番先に疲れが見えるのはどうしても自分になっちゃうんですけど、それを隠していくと、やっぱり精神的にあんまりもたないんですよ。撮る「べき」っていうのは、ほんのちょっとでいいんですけどね。こういうのを世の中に見せてやるんだ、みたいな勢いでもいいんで、何かあればいいんですが、なかなか今は難しいです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、それは出てくるのを待ってなきゃいけないんでしょ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうなんです。でも、プロデューサーは「早くしろ」というし、僕自身は時間がなくなってっちゃうのがもったいない気がして。気だけはぐるぐる焦るんですけど、そこまで弾みがつかないという感じです。</p></dd>
</dl>

<h3>ハコと中身</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt>
<dd><p>大島監督はテイクは重ねる方なんですか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>いや、全然重ねない方です。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>途中で切ったりしないんですか、カットをかけたりとか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>いや、かけないですね。どちらかというと、全部長回しをして、撮っちゃう方です。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>じゃあ、フィルムもあんまりいかないですね。せいぜい完成したものの三倍くらいですか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そうですね、もうちょっと使ってるかもしれないけれど、せいぜいそんなもんです。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕が撮った『ラブ &amp; ポップ』というのは、民生のデジカメをベースに撮ったんです。六〇分回して九五〇円で済むので、無造作に回してたんです。カットも何もかけないで、とにかくいつの間にか回してて、いつの間にか終わってるという。一五〇時間くらい回してニ時間にしたんですが、フィルムにすると、膨大な量になっちゃいますね。決めてかかって撮るというのがなかなかできなくて。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕はなんといっても貧しい撮影所の育ちですから。二倍くらいしかフィルムを使わないという生活から始まりましたからね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕はフィルムの経験というのがあまりなかったんで、どこをどれだけ回せばどうなるというのがわからなくて、じゃあせっかくだからデジカムで撮ろうということになったんです。次は35でやりたいんですよ。せめて三倍くらいで終わらせたいんですけど。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、庵野さんだったら、今はお金出してくれるところがあるんじゃないですか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>いや、そんなことはないです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>あったら、逆に困っちゃう?</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>僕はバジェットに合わせたいというのがあるんですよ。一千万で撮るんだったら一千万の企画でやりますよと。一〇億ほど使えるんでしたら、一〇億の企画にします。一〇億の企画なのに、三億しか出ないというときには、その企画の形を変えて、ハコを変えて三億にしてしまいます。与えられたものをコストパフォーマンスよく撮りたいんです。そのコストに合わせた演出でやりたいんですね。そこで背伸びをしてスタッフに無理な思いをさせたくありませんし。逆に五千万だったら、ペイラインも低いんで、短館系の実験的なものでもいいんです。五千万だったら、劇場に一月半かけてある程度の配収がくればいいんだったら、けっこういろんなことができるなと思います。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そういう点じゃ庵野さんなんかは、初めから縛られたものがないんだな。その自由さがやっぱり良さだし、逆にいうと、その自由さで今悩んでらっしゃるところがあるんでしょ?</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうですね。何が自由で何が不自由なのかわからないところがありますね。撮影所とかそういうものが自分にはないんです。アニメの場合は、最初から戸は広いといいますか、まあ誰でも入れるところがあって、監督になるチャンスとか演出をやるチャンスは多いんですよ。作品数も多いし。それから実写に……『エヴァンゲリオン』がヒットしてくれたおかげでその話もあっという間に決まっちゃったんですけど。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>ｄも今度一度、例えば京都あたりの古いスタッフでやってみたら面白いかもしれないですよ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ああもう、何もできないでオロオロしちゃいますよ。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>庵野さんには初めからプロデューサーみたいなのはいないわけね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>自分で半分やってる感じですね。スタッフもお金もある程度自分で集めてこないと、前に進まないんですね。自分で出すわけじゃないですけど、出してくれる人を探してくるということですけどね。スタッフの優秀な人は限られてますから、自分のところに来てもらえるかということは、そのへんは自分で動かないと進まないですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>だったら、庵野さんは初めっから世界を相手にしてやられた方がいいですよ。アメリカよりヨーロッパの方がいいだろうと思いますけどね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>世界ですか……ひー(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>いや、そうだって、本当に。今はそれができるんだもの。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そんな夢はないんですけどね。日本だけで精いっぱいというかんじですが……。今はまだ日本にこだわりたいんです。日本の土着みたいなものに。まだ『儀式』は観てないんですけど、(今作ろうとしてる話が)『儀式』みたいな話じゃないかっていわれたんですよ。友達に、大島監督と庵野はすごく似ているといわれたことがあって。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>あんまり僕には似ない方がいいですよ(笑)。不幸せになるばっかりだから(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>作ってるものが似てるっていわれたんです。アニメ界の大島渚みたいなことをいわれたことがあって、光栄だと思いますが。まだ日本というのがわかってない感じがして。自分にとって日本というのは何なんだろうというのを、自分なりに総括できればしてみたいんです。完璧な総括は無理だと思うんですけど、自分なりに納得できるような総括を、自分自身の四〇年の歴史も振り返ってやれないかなあと思うんですけど、なかなか突破口が見つからなくて。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>『儀式』は七一年でしたか、あれも僕の人生の総括のつもりではいたんですね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>日本人ていうのはそういう特殊な民族でいいと思うんですけど、特殊だからこそその特殊性を何か形にしたい。難しいです、自分の力量を超えているのかもしれない。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>今はそんな気はないけれど、あの当時はやっぱり日本というものを絶対に外国人たちに教えてやりたいと思っていたからね(笑)。こういうことがわかんなくてどうするんだ、というね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>あ、それはありますね。日本というものをある程度総括できれば、それはヨーロッパなりアメリカなり海外に通用するんじゃないでしょうか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そう。そう思います。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>彼らに媚びを売る気はないんですけど。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>これがわかんないんだとしたら、お前らが悪いんだ、というくらいのね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>わかってくれよ、という気はないんですけど、日本人はこうです、という主張みたいなものを持ちたいと思う。攘夷思想じゃないんですけど、日本は日本でいいんじゃないかと思うんですね。典型的な日本の町ってものをどこか見つけて、そういうものを切り取ってできないかなあ、と思ってるんです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、実際問題として、なかなかないでしょう。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ないんです。ロケーションがないんです。ポンと置いただけで絵になる町ってどっかないですかね(笑)。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>それは絶対ないね(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>東京は飽きちゃったんですよね。飽きるというか、ビルが増えるだけでそんなに変わらないように思えるんです。七〇年代とか六〇年代から取り残された町というのを見つけて逆説的にできないかなと思ってるんですけど。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>それは自分で作らないと駄目でしょうね。作るんだったら、撮影所として京都がいいです。今回もロケをやるっていうんで、スタッフが撮影する場所を探してくるんですけど、でもそんなもの全部僕は知ってるんだよね、簡単にいえば。それを再構成しないとしょうがない。再構成すればどうにかなるんだけれど、でも、誰もが必ず一回やニ回は通ってるところなんです。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>自分にとっての日本て、どうしても六〇年代の高度成長が原点になってしまって、そのへんの原風景にどうしても行ってしまうんです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>その原風景といわれるものには何があるんですか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>工場……ですね。コンビナートとか、工場から出てる煙とか。立体交差だけでときめいたぐらいの年代なんですよ。「東京に立体交差がある! カッ、カッコいい」と。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕は東京の高速道路ができるその瞬間を『日本春歌考』で撮ったつもりですけどね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>東京オリンピックっていうのが四つのときなんですけど、東海道新幹線の開通のときの新聞の一面のカラーを今でも覚えてるんですよ。それくらいの年代なんで、どうしてもコンクリートとかそっちの方にいってしまうんですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>じゃあ、東京オリンピックを撮ったらどうですか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>うーん……東京育ちでもないので、今ひとつ東京に思い入れがないんですよね。憧れの地ではあったんですけど。来て住んでみると、そうでもなくなってしまうというところがあって。来たてのころは新宿の構想ビル街とか好きで、暇さえあれば見に行ってたんですけど、今はもうそういうエネルギーもなくなって、東京に慣れてしまったのかもしれないです。むしろ地方都市の方が好きです。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>出身はどちらなんですか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>山口の方なんです。実際、山口県というのは七〇年代以降、取り残されてるかんじがあって、いいかんじなんですけどね。寂しいんですよ。行くと寂しくて、その寂しさが何とかならないかなと思うんですけど。寂しいだけで、その先が見つからないんですよね。その寂しさをどうすればいいのか。その先に行きたいんですけど、その答が自分でもなかなか見つからない。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>後は外人の眼に東京はどう見えるかというのがありますね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>外から見た東京ていうのは、なかなか自分ではわからないですね。海外に行って成田に着いて、成田ではあまり感じないですけど、首都高あたりに帰ってくると、いかに東京の街というのが異質なのかよくわかりますね。アメリカでもヨーロッパでもない、変な場所ですよね、東京って。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕は外国で病気になって倒れて、一カ月くらい外国で寝てて、東京に帰ってきたときに、これがどうしても東京に見えないんですよ。沖縄ってかんじはするんです、何故沖縄なのかはわからないけれど。その違和感が一年くらい付きまといましたね。どうも日本じゃない、あるいは東京じゃない。どこか騙されて連れてこられたんじゃないかというね。病院から見た風景もそうだけれど、例えば成田に着いたときも、どうしてそれが成田に着いたってのがわからないんですね。日本のどこかに着いたんだけど、何か違う。そして車で運ばれてくるんだけど、その道が東京に普通帰ってくる道とは違うんです。何か騙されてるとか、どこかへ連れていかれるんじゃないかという強迫観念が付きまといましたね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>視覚的なものなんでしょうか。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>視覚的なものですね。倒れて初めて病院で目が覚めたときも、やはりロンドンが全然ロンドンに見えないんですね。窓から見える風景しか見えないし、黒い人や黄色い人もいっぱいいるし、こちらはロンドンというと白人のいるところだと思っているから(笑)、ここは違うんじゃないか、とんでもないところへ来ちゃったんじゃないか、とね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>自分が観念としてもってたものと、実際に視覚的に見えるものとのズレなんですね。</p></dd>
</dl>


<h3>答を探して</h3>

<dl>
<dt>庵野</dt>
<dd><p>ちょっとさっきの話に戻りますけど、答が見つからなければ映画が撮れないというわけではもちろんなくて、答を見つけるために映画を撮るというのもあると思うんです。その答探しが映画になっていて、その答が見つからなければ見つかりませんでしたとして素直に出せばいいと思うんです。ただ、そこで無理やり自分を騙して見つかったような降りをするというのはまずいんじゃないかと。それは客を騙すことになる。自分も騙されてれば問題ないんでしょうけど。実は嘘だったというのが後からわかって「しまったあ」なんていうのはOKだと思いますけど、わかってて騙すのは良くない。それはそれで撮れると思うんですけど、この歳になると、そろそろ答のひとつやふたつは出しとかないと(笑)、いつまでたっても問題提起だけで終わってしまう、という焦りもあるのかもしれませんね。オトナになりたいのかもしれない。じっくり撮りたいとか、オトナ的なキーワードが自分の中に欲しいんですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>でも、ある意味で、庵野さんは『エヴァンゲリオン』で大人になった監督と思われているんじゃないですか。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そこのギャップというのもしばらく苦しんだんです。世間にできてる僕の像と実像の誤差があまりにも大きくて、一時期それでかなりいやな思いをしたことがあるんですけど、だんだんそれが気にならなくなってきたというか、まあそれはそれでいいでしょうという気になってきましたね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>僕らの時代は「貧乏」というひとつのキーワードがあったからね。今は……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ないですね。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そこが一番辛いところですね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>子供のころは貧乏だったんですけどね。食うに困るほどじゃなかったけれど。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>映画監督としての貧乏もね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ああ……どうですね。わりと恵まれてめすね。お金ないのはないんですけど。最初のアニメも、やりたてのころは月給四万五千円ですから。それなりに貧乏だったんですけど。それでいいというのもあったしな……。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>やってると、映画は貧乏じゃないというかんじがあるからね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうですね。少なくとも食えますから。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>それと作ることの困難の貧乏とは違うからね。まあ、映画監督には一にも二にも運がいいことが大事なんだよ(笑)。運だけですよ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>はあ(笑)。でも、それは感じることがありますね。映画の神様に好かれてるというのは、正直思います。</p></dd>

<dt>大島</dt>
<dd><p>そうでしょ。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>他の神様には嫌われてるんですけどね(笑)。そろそろ他の神様にも好かれたいです(笑)。</p></dd>

</dl>
</blockquote>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>のるか そるか? スペシャルトーク</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://johakyu.net/lib/2008/02/2008-02-17-000773.php" />
   <id>tag:johakyu.net,2008:/lib//3.773</id>
   
   <published>2008-02-17T14:26:02Z</published>
   <updated>2008-02-17T14:26:00Z</updated>
   
   <summary>月刊ニュータイプ 1994年4月号 より
庵野秀明×佐藤順一×本郷みつる</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="01-庵野秀明 発言集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="66" label="アニメ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="64" label="ガンダム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="68" label="セーラームーン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://johakyu.net/lib/">
      
      <![CDATA[<blockquote>
<div class="small">
<p>「ふしぎの海のナディア」の庵野秀明!<br />
「美少女戦士セーラームーン」の佐藤順一!<br />
「クレヨンしんちゃん」の本郷みつる!</p>
<p>ヒット・メーカーの演出家たちが熱く、強く、奔放に語り合う、“熱中座談会”がついに実現!</p>
<p>のるか、そるか!? 飛び交う本音がアニメ界の現在 &lt;いま&gt; を撃つ!!</p>
</div>

<h3>子供は感性が違うので受けを狙ってもダメなんですよね</h3>

<h3>「セーラームーン」VS「しんちゃん」</h3>
<dl>
<dt>NT</dt>
<dd><p>きょうお集まりいただいた方々は、みなさんともに'59～'60年生まれの実力派演出家ということで、アニメ界の現状、そして、これからのアニメ界について自由に語り合っていただきたいと思います。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>こう切りだすとなんですけど、庵野さんが「このままじゃいけないッ!」って言ってたって、この間チラっと聞いたんです。それは、何に対してそう思ってるんですか? 今つくってる作品のことなのか、それともそれを囲むアニメの状況なのか……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>いや、憂えてるのは両方ですけど(笑)。我々アニメをつくる側も見る側も、これで満足していてはイカンのではないかと。安易な原作ものとかお客をバカにしたようなOVAとか、でですね。僕らTV世代はTVのなかにしか共通言語をもっていない情けない世代ですが、それでもやはり、自己は追求しなくちゃならない。現状に対する「馴」と「開き直り」は、何も生まないと思うんです。アニメは商品であると同時に代償的娯楽文化です。そして大衆を無視した文化はいずれ滅びますから。これはもちろん迎合を意図するものではありません。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>それなら「セーラームーン」なんか、大衆が指示しているからいいわけですよね。すると佐藤さんは、憂えなくていいと(笑)。</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>「セーラームーン」が狙ってそうしているかどうかっていう問題もありますけど(笑)。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>でも「セーラームーン」の第1話を見たとき、この作品はこうつくるっていうルールみたいなものに、すごく気を遣ってつくられているなって思いましたよ。作品を引き継ぐスタッフにも、すぐわかるように残せるつくり方っていうか……。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>第1話にすべての要素が入っていますからね。あれはおみごとでした。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>僕がチーフ・ディレクター(CD)をやらせてもらった作品で、「チンプイ」ってあるんですけど、あんまり当たらなくって(笑)。それで「クレヨンしんちゃん」は、とりあえず当たるアニメにしたかっら。さっき言ったルールにも気を遣って。まあそれが成功して、受けたとは思わないんですけど……。</p></dd>

<dt>NT</dt>
<dd><p>本郷さんが監督された、去年の劇場版(『アクション仮面VSハイグレ魔王』)も当たりましたね。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>あれも子供に受けるように作ったつもりはあるんですよ。たとえば映画館で「ドラえもん」を見てると、子供にいちばん受けるのはタヌキと間違えられたドラえもんが、「ボクはタヌキじゃない!」って言うところで(笑)。1時間40分の映画の中でですよ! 大人には受けなくても子供にはそこが思いきりおかしい。感性が違うんですね。だから子供の反応を考えて、劇場版では、絵コンテでこんなギャグじゃ……と思うようなところも入れるようにしたんです。でも試写会でいちばん受けたのは、受けるとは思わなかったところで……(笑)。狙ってもダメなんですよね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「セーラームーン」の場合も、変に狙わなかったのがよかったですね。佐藤さんのつくる作品にはコモン・センスがある。だからこそ、一般受けするんだと思います。</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>そうしようとしてるかもしれませんね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうですよ。アニメファンて変ですから(笑)。</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>そうですねえ。まぁ僕も人のこと言えませんが。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>もちろん僕もです(笑)。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>僕はふつうですけど(笑)。「セーラームーン」は一般の人とアニメファンの、両方に人気があると思うんです。でも「しんちゃん」は、アニメファンも見るかもしれないけど、応援してくれるわけじゃないですよね。子供は幼稚園でしんちゃんのマネをしたりするけど、アニメファンは誰も反応しない。なにしろシンエイ動画って、一度もセル盗まれたことがないんですから(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>「エスパー魔美」も?</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>ええ、盗まれたことがない(笑)。僕はこうつくればアニメ雑誌に載るだろうっていうのはわかるんですけど、一般の人が楽しめるギリギリの範囲に抑えているつもりなんです。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>でもイッちゃってる人は、カンタムロボやアクション仮面見てますよ。玄田哲章さんの声にシビレてます(笑)。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>アクション仮面は原作のなかに1コマだけ出てたんですけど、ビックリマン・チョコみたいにストーリーをつくって、テレビシリーズの中にちょっとずつ入れてったんですよ。それが意外と、子供の反応がよくて。原作のほうでもどんどん取り入れるようになって、とうとう映画にもなっちゃったりして、おもしろかったですね。「しんちゃん」は最初、原作もそれほど知られていませんでしたから、そういう意味ではわりと自由につくれた部分がありますね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>たぶんそうした「ゆとり」がよかったんだと思いますね。</p></dd>
</dl>


<h3>アニメーションが生き残るには……</h3>

<dl>
<dt>NT</dt>
<dd><p>みなさんより20年先輩で宮崎駿さんや富野由悠季さんらがいますけど、同じ演出家として、どう評価されていますか?</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>僕が何か違う作品をやりたと思うとき、その目安として考える方々ですね。でもやっぱり同じ業種の人という感じで、しかもヒット作を出した人…だったんですよね。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>自分と比べるっていうより、僕の場合はまず仕事をして、それで評価されるかどうかですから。評価されれば次の仕事がもらえるし、ダメだったら仕事がなくなっちゃうわけだから。富野さんたちもいい仕事をして、それで次の仕事を取ってきたわけだから、結局その人その人の積み重ねであって、クロスしないと思うんですよね。アニメファンのとらえ方だと“庵野秀明は宮崎駿を超えるか!?”ってなるかもしれないけど、僕個人ではもう、仕事しなけりゃどうしようもない。庵野さん、仕事したほうがいいですよ(笑)。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>ハハハ、なかなか、仕事が決まらなくって(笑)。</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>宮崎さんや富野さんの作品を見ていて、最近自分でマズいと思うことがあって、それは知らないうちに、作品の分析をしているんですよ。なぜ「ガンダム」の展開はこうなったのかとか、宮崎作品はこういうふうに受け入れられたのかとか……。どうしてそれがマズいかというと、あの人たちは作品を、分析から始めてつくってはいないような気がするんですね。「ガンダム」以前の作品を分析して「ガンダム」をつくったとは思えないし、ただやりたいことをやっているって感じがします。それにそういう部分をしている自分には、彼らのようなものを作る要素のひとつが欠けているかもしれないっていう、危機感があるんですよね。まあだからといって、気にしないわけにはいかないでしょうけど(笑)。</p></dd>

<dt>NT</dt>
<dd><p>過去のヒット作には、ヒットを支えるつくり手と受け手がいましたけど、今はどうなんでしょう?</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>つくり手に作品を立ち上げていこうという意識はあっても、それが年の若い人のほうにいくほど、薄くなっていると思うんですよ。子供のときから豊かで、それでずっときてるから、自分だけはこうしようって悩む人っていうのは、相対的に減ってきている気がするんですよね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>悩む必要がないんですよ。浅いところだけ充足してしまってる。あり余る情報と物質によって、飢えや渇きが実在しないですからね。貪欲さがない。今では夜中にご飯が食べたくなって、困った、どうしよう、という問題も――。</p></dd>

<dt>佐藤</dt>
<dd><p>コンビニに行けばいいんだもんね。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そう。その「ありがたさ」が実感できない(笑)。</p></dd>

<dt>本郷</dt>
<dd><p>だから今「ガンダム」をやっても、昔ほどには受けないですよね。やっぱりあの時代にやったから「ガンダム」が受けたんであって、今の時代にやって受けるものっていうのは全然違う。マニア向けのビデオ作品とかだったら、美少女とロボットが出てきて作画がスゴければ(笑)ある程度ペイすると思うけど、テレビアニメはそれじゃ意味がない。そう考えると「セーラームーン」てやっぱり残ると思いますよ。大人まで見てるし、小さい子供の心にも残る。大人になった時思い返して、よかったなあ……と。</p></dd>

<dt>庵野</dt>
<dd><p>そうですね。でも今やってるアニメは一過性のものだと思うんですよ。それはつまり大人になった時に反芻や追体験を望むか、という意味でです。そしてアニメがこれから生き残っていくには、内容と観客の一般化、多様化しかないと思います。脆弱な文化ですからね。ただ、20歳を過ぎたアニメファンや僕らつくり手は、心に持病をもち続けている人たちですからね、悪い意味ではなく。で、アニメっていうのは病人に投与してる薬みたいなもんだと思うんです。だから今、その薬が片寄っていてなおかつ効かなくなってるのが問題だと思っているんですよ、いろんな意味で。もちろんこうしてヒステリックに叫んで見せてもしかたない、と自覚はしています。しかし少なくともアニメファンと制作者は今や斜陽であるということは認識すべきではないかと。たとえそれから得るものが延命だとしてもですね。これを誤解なく少ない誌面で伝えるのは難しいですけど。</p></dd>
</dl>


<h3>アニメーションという“仕事